泥匠日記 風花銀次 鳴く蟲にいひおよびけり壁を塗る 鏝を洗ふ桶ふたつとも秋の水 漆喰の鶴がはねかく小春かな しぐるゝや壁の鏝繪の虎も壁も 建てさして餠つく音を入れにけり 短日のおのが影塗る左官かな 塗り込めておのれなくなる左官かな御 降 りや土壁ほどけつゝながらふ 初凪や地の鹽としてなまこ壁 春の土春の水もて結ぼほる あたゝかや鏝あたりきに動きだす うらゝかやなでてやらねばたゞの土 春風や手斧 はつりの梁ひとつ おもしろや苆 にまざれるこぼれ梅
2012年12月29日土曜日
俳句三十句「泥匠日記」/ 風花銀次
2012年12月26日水曜日
蟲雙紙 015 「文机のよこに…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈十五〉 風花銀次 文机のよこに、あをき瓶 のおほきなるをすゑて、櫻の若葉いみじうしげりたる枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、文机のうへに葉こぼれ落ちたる、ひるつかた、雌赤緑小灰蝶 の、少しなよらかなる終齢幼蟲、のこりぎくのかさね著 たるごとき、いとあざやかなるが這ひまはりたり。書く手をやすめ見入りてあれば、茶をもてきたる家人、有職故實も知らぬげになどいふ。
2012年12月24日月曜日
小説「曼荼羅風」3 -牛ほめ- / 齋藤幹夫
曼荼羅風 齋藤幹夫
――其之参 牛ほめ―― 牛のほめかたはむずかしいぞ。牛というも のは、天角地眼一黒鹿頭耳小歯合といって、 角は天にむかい、眼は地を睨み、毛は黒く、 頭は鹿に似て、耳は小さく、歯の合ってい るのがいいんだ。まあ、そうそろったのは ねえが、そうほめとけば、まず間違いはね え。 古典落語「牛ほめ」より 帰ってからも本日やり残した仕事をやらねばならぬが、少し酒精を入れたほうが頭の回転も上がろうものと決め込み、一杯やっていくことにした。縄暖簾をちょいと流してやり心地の良い響きの引戸を開けると、二人組のご婦人方が丁度曼荼羅風を出るところであった。「あら吃驚したぁ」と云った後、小母様特有の笑い声を高々とあげ「あたし達が坐ってたところが空いたから、そこにお坐んなさいよ」などと付け足し、縄暖簾を豪快に揺らして店の外へ出て行った。混んでいるのかと思いきや、店の中には八つぁんと熊さん、そして少年が一人、付場の前にくっ付いた長卓に坐っているだけ。私の坐るところなど充分にあり、余計なお世話である。 「いらっしゃい」 大将は付け場から、少年は八つぁんの影から顔を覗かせ二人同時に笑顔で私を迎えてくれ、八つぁん熊さんは「よお」と片手を上げた。それにしてもよ、と八つぁんが、その右隣に坐っている少年の肩をぽんと叩く。 「本当に大 したもんだよ」 と云う八つぁんの横で尻高貝 を待ち針で穿りながら頷いている熊さんの隣に腰掛け、何が大したものなんですか、と訊いてみた。 この少年は大将のお孫さんである。確か中学二年生で、名は「遊生」と書いて「ゆうき」と読む。大将曰く、来る時は、小遣いをせびりに来る時だけらしい。その代わり給仕をさせたりはするものの晩飯を食わせ、腹は充分かと何度も執拗 いくらいに訊き、最後には小遣いを渡し、家に着いたら「着いた」って電話しろ、と遅くならない時間に帰らせ、兎に角可愛くて仕方ない様子。将来は噺家になりたいのだそうだ。その遊生君、先程私と擦れ違った御婦人方に、給仕をしながら三島由紀夫の「空お世辞を並べるべし」とばかりに世辞を振る舞い、終には「お釣りはこの坊ちゃんに」と小遣いを頂戴したという。何も小遣い目当てでやったことではないのだが、人を楽しませるのが好きなようである。 「本当に大したもんだ」 八つぁんは繰り返し云う。孫を褒められ満更でもないはずだが、そこは孫の手前、素直に喜んではいられない。 「そんな持ち上げないでやって下さい。図に乗りやがります。小賢しいだけですよ。太鼓も持てやぁしませんよ。世辞もなかなか難しいもんでしてね。だからこそ幇間 なんて職もあったくらいで、幇間になるには噺家になるより難しい。藝人のなかの藝人です。こいつに出来るとしたら精々『牛ほめ』の与太郎くらいで。ああ『牛ほめ』ってぇのはこんな噺で――」 与太郎は父から「伯父の佐兵衛の家へ行って来い」と云われる。佐兵衛は家を新築し、四五日前に与太郎の父は行ったのだが、その折佐兵衛は不在で、何も云えず仕舞いであった。そこで与太郎を行かせ、代わりに新宅を褒めて来いと云うのだ。父は与太郎に家の褒め方を教えるが、そこは与太郎、いくら教えても珍紛漢紛で、家は総体檜造りを家は総体ヘノコ造りと云ってみたり、畳は備後の五分縁は畳が貧乏ぼろぼろになったり、左右の壁は砂摺りが佐兵衛の嬶は引き摺りになってしまう始末。埒が明かないと見るや、与太郎が読んで云えるように褒め言葉を書き付けてやる。また、職人が手 抜 をやらかし台所の柱の節穴が空いていて伯父も気にしていると云うから、その穴に秋葉様のお札を貼り付ければ節穴かくしにもなるし火の用心にもなると進言すれば、この後、莫迦だなどと云われることなく、おまけに小遣いまでくれるだろうと、一端の挨拶をさせて一人前に見させてやろうという親心も見せながら与太郎を唆す。ついでに牛も褒めて来いと、その書き付けも持って、与太郎は伯父の新宅へ。時折下手を打ちつつも書き付けを読みながら色々と褒め、その場その場を凌ぎ、件の台所の柱の節穴では、与太郎の進言に伯父も感心して小遣いを与える。牛を見せろと与太郎は牛小屋へ赴き、云われた、否書き付けて貰った通り「天角地眼一黒鹿頭耳小歯合」と褒める。伯父は褒めて貰ったのと与太郎の成長振りを喜びながらも、牛の糞の始末の煩わしさを「後ろに尻の穴があるから糞をするんだ。この穴が無ければいいんだがな」と牛の肛門の所為にする。そこで与太郎、下げの一言。 「穴の上へ秋葉様のお札をお貼んなさい。穴が隠れて、屁の用心にならあ」 「なんてな噺でございます」噺家志望の遊生君、大将を差し置いて皆まで語った。 「秋葉様ってのは火防 の神様、秋葉大権現ですね。ほら、うちにもそこに貼ってあるお札がそれでして。大元は静岡は浜松の秋葉山本宮秋葉神社で、この辺じゃ墨田の向島、台東の松が谷にありますね。松が谷の秋葉さんは元は秋葉原にあって、その名の由来になったって云われてますが、秋葉原にあったのは鎮火社って名でしてね、勧請されたときに地元の人たちが、火防の神様が来たってんで、火防なら秋葉様だって思い込んじまった結果です。でもって後付けのように秋葉神社って名が変わった次第で。さ、これ召上って下さい」 遊生君の話に註釈を付けて大将は、壁の砂摺りに掛けた砂肝 の唐揚げを差し出した。 「それに八つ田さん。こいつに世辞を云ったって何の得にもなりません。喋るだけ損です。舌 が擦り減っちまいますよ」 そう云う大将に八つぁんは、いやいや、そうじゃねぇんだ。実は、と何やら語り出す。 八つぁんは地元の商店街で八百屋「八 百 八 」を営んでいる。親の代から子の代へ、野菜果物は八百八で、などと云う合言葉は無いのだが、そのような不文律が出来上がっているくらい毎日客で賑わっている。地元の者だけではない。新参の私の女房も利用するほど、ここいらに住む者には、野菜果物は八百八、なのだ。その八百八の二代目は、つまり八つぁんには息子がいるわけだが、某有名大学の経済学部を卒業し、とても八つぁんの息子とは思えない(あくまでも熊さんの弁)。卒業後は大企業に勤めたが、ある日「辞めて来た」と八百八に舞い戻り、暫くは家業を手伝いながら、何某 の農家と直接取引の契約をし、新鮮で旨い野菜果物を安く店先に並べる等の八百八改革を行って、評判を益々上げていった。そんなある日、この店を閉じてスーパーマーケットにしないか、と云いだした。所謂スーパーには野菜どころか肉、魚は勿論、何から何まで売っている。商店街を潰すようなことが出来るか、と八つぁんは反対し、息子も、それもそうだと納得したが、結局はこの商店街から遠く離れた郊外に「スーパーヤツダ」を開店し繁盛させているらしい。その息子が久しぶりに八百八に顔を見せた際、夕方の忙しい時であったので、丁度いいとばかりに手伝わせた。実にてきぱきと動くのだが、全く愛想がない。客商売に愛想は付きもの。ましてや今では自分も主として、客あっての商いをやっているのだから尚更だ。昔っから云っているのになおっちゃあいねぇ、と嘆く。これが遊生君を褒める原因であるようだ。 「お前 の倅は経営者だ。現場にゃ出ねぇだろ。現場は現場で人を雇ってんだろうに、愛想なんか要らねぇだろ」 「雇い人相手にも仏頂面ばかりじゃよくねぇよ。客を相手にする時は尚更だ、愛想良くしなくちゃならねぇ。来てくれる客の御蔭でおまんま食えて、でかくさせてもらったようなもんだからな」 八つぁんの珍しく正当 な意見に、熊さんも「まあ、そうだな」とこちらも珍しく折れた。八つぁんはなおも続ける。 「俺なんざ、帽子屋の若奥さんが泥付葱かなんか選んでたときにゃ、綺麗なおべべと綺麗なお手手が汚れちまいまさぁ。俺っちが選んで差し上げましょう、なんて云ったもんだぜ」 「帽子屋の若奥さんは別嬪さんだからなぁ」 「金物屋の娘、悦ちゃんが来た時なんか手を引いてた坊主に飴玉くれて、悦っちゃんに似て賢そうな顔してなさる、なんてことも云ってるぜ」 「悦ちゃんもえらい別嬪さんになったからなぁ」 「おい熊澤工務店、俺は別嬪さんにしか世辞を云わねぇみてぇじゃねぇか」 「別嬪さんにしか云ってねぇんだろ。その証拠に手前 の嬶には云わねぇだろが」 「云うかよ。うちの嬶なんざ製造元に不良品だ、って返品して新しいのと交換 てもらいてぇぐれぇよ。だがよ、製造元が潰れちまってるんでそうもいかねぇ。そもそも嬶にむかって世辞云う奴がいるかい。食った魚に餌は要らない、っ云 うだろぉ」 「云いませんよ。それを云うなら『釣った魚に餌はやらない』でしょ」 遊生君に突っ込まれ八つぁん、いつ変わったんだ、と惚けながら冷酒をぐいと空ける。 「巧言令色鮮なし仁、ですよ八つ田さん。言葉巧みで、口が上手くて外面のいい奴にゃあ、真っ当な輩が少ないっていう孔子さんの言葉です。八つ田さんの息子さんは心配要らんでしょうに。おい遊生、お前もよく覚えとけ」 「うへえ、とんだお鉢が回って来た。そろそろ退散仕りますか」 大将の御小言を撥 條 に遊生君は腰を上げたが、付台のほうに掌を上に向け両手を揃え差し出ている。しょうがねぇなと大将、赤地に白抜きの大入りとある点袋を渡しながら「着いたら電話しろよ」と可愛がり振りは隠せない。 丁度良い頃合いだと私も勘定を頼む。何だもう帰 るかい。早ぇじゃねえかと八つぁんが引き止めるが、悲しいかな勤め人。帰宅して残した仕事をやっつけなばならない。引き止められるのは嬉しいが、理由を云えば野暮となる。だから私はこう云った。 「帰ってうちのかみさんに、八百八で世辞を云われたことがあるかい、と早速訊いてみようと思いましてね」 八つぁん、蛙が潰れたような声を発し何かを云いかけたが、大将の科白 がそれを遮った。 「お後がよろしいようで」 註:文中の落語の引用部分は、興津要編 『古典落語』講談社文庫に拠った。また、 平仮名を漢字表記に改めている箇所、省 略している箇所、及び三点リーダーを省 略した箇所がある事をお断りしておく。
2012年12月21日金曜日
2012年12月19日水曜日
蟲雙紙 014 「八幡社の…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈十四〉 風花銀次 八幡社のみんなみを向きて立ちたる鳥居には、六本脚の、群るるものどものおそろしげなる、脚長蜂の巣ぞかかりたる。参詣のをり、刺されたるひとありて、弓矢八幡ゆゑと、にくみなどしてわらふ。
2012年12月18日火曜日
緑月亭&齋藤幹夫「二律背反」
二律背反 俳句◎緑月亭 短歌◎齋藤幹夫 棘が葉に摘むもをかしき紅 の花 言の葉を刃 に變へて一身に返り血浴びむ覺悟はありや 死してまでなに抱へ込みたりや蝉 死して屍 拾ふ者ゐて油蝉なほも虚空に獅噛みつきたる 瓜つるりとして憎たらし戀 敵 八百八の瓜賣る兄 聲嗄 れて昨 日 の祭と後の情事と
2012年12月15日土曜日
ひとり兎園會 2 「肉人」/ 齋藤幹夫
ひとり兎園會 ―其之貳 肉人― 齋藤幹夫
神祖、駿河にゐませし御時、或日の朝、御庭に、形は小兒の如くにて、肉人ともいふ べく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上を指して立たるものあり。見る 人驚き、變化の物ならんと立ちさわげども、いかにとも得とりいろはで、御庭のさうざ う敷なりしから、後には御耳へ入れ、如何に取りはからひ申さんと伺うに、人見ぬ所へ 逐出しやれと命ぜらる。やがて御城遠き小山の方へおひやれりとぞ。或人、これを聞て、 扨も扨もをしき事かな。左右の人たちの不學から、かかる仙藥を君に奉らざりし。此れ は、白澤圖に出たる、封といふものなり。此れを食すれば、多力になり、武勇もすぐる るよし。 「一宵話・卷之二」より 牧墨僊
2012年12月12日水曜日
蟲雙紙 013 「山は…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈十三〉 風花銀次 山は、浅間山。妙高山。雨飾山。白馬岳。雪倉岳。てふてふ舞はんとをかしけれ。祖母山。茂見山。大崩山、よそより見るぞをかしき。国見岳もをかし。ちちははのそだててくれし恩おもひ出でらるるなるべし。時雨岳。小川岳。
2012年12月7日金曜日
「蟲雙紙」を現代語訳しました
非常に奇特な方がございまして「蟲雙紙」の文語部分を現代語訳してほしいなんておっしゃいますので、訳しました。といっても、わざわざあらためて単独ページをつくるほどでもございませんから各段のコメント欄にて披露しています。
なんだかオネエ言葉になってんのもありますが、もとが「枕草子」のパロディーだってのを意識しすぎちゃったんでしょうかねえ。まあ、よしとしましょう。
そんで、意訳を踏まえたうえで、あきらかな誤訳がございましたら、というのもおかしな話かもしれませんが(なにしろ自分で書いたものを自分で訳してるんですからね)お知らせください。
「文語文のほうがおかしい」てことも含めてご教示いただけたらなによりです。はい。
» 「蟲雙紙」一覧
なんだかオネエ言葉になってんのもありますが、もとが「枕草子」のパロディーだってのを意識しすぎちゃったんでしょうかねえ。まあ、よしとしましょう。
そんで、意訳を踏まえたうえで、あきらかな誤訳がございましたら、というのもおかしな話かもしれませんが(なにしろ自分で書いたものを自分で訳してるんですからね)お知らせください。
「文語文のほうがおかしい」てことも含めてご教示いただけたらなによりです。はい。
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2012年12月5日水曜日
蟲雙紙 012 「淺葱斑蝶はひむがしをば…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈十二〉 風花銀次淺葱 斑蝶 はひむがしをば、ふるさとといふ。 劍山のはるかにたかきを、共連 「いく尋 あらむ」などいふ。知らざれば、しばし思案して「不 盡 の山ほどにはなからむ」とのたまひしを、土佐國にてやすみしをり、旅の無事を祈りて、酒 をくだされ給へるに、したたかにゑひたれば、ゆゆしうたかく舞ひけり。 さめたるのちに、「富嶽をも越えけむ」といへば、「メートルが上がりたる」とわらひ給ふ。 「日向國 では燒酎欲 し。琉球國 では泡盛欲し」といひけむこそをかしけれ。
2012年12月3日月曜日
ひとり兎園會 1-2 「虛舟」 二次會 / 齋藤幹夫
ひとり兎園會 ―其之壹 虛舟― 二次會 齋藤幹夫
人間は到底絶對の虛妄を談じ得るものではないといふことが、もしこの「うつぼ舟」 から證明することになるやうなら、これもまた愉快なる一箇の發見と言はねばならぬ。 「うつぼ舟の話」より 柳田國男
2012年11月30日金曜日
2012年11月28日水曜日
2012年11月26日月曜日
小説「曼荼羅風」2 -火事むすこ- / 齋藤幹夫
曼荼羅風 齋藤幹夫
――其之弐 火事むすこ―― 「おとっつあんとおまえのうわさばかりし てるんだよ……『こうやって身代はのびる ばかりだが、これをゆずるものもない。ど うかあれがまともになってくれれば、この 身代はすっかりゆずってやるんだが……ま あ、どうしているのか? かわったことは ないか? それとも死んじまったか?』と、 いって、いつもおとっつあんとうわさばか り……おまえが火事が好きだから、どうか 世間に大火事があってくれれば会えるんだ がと……」 古典落語「火事むすこ」より
2012年11月23日金曜日
俳句三十句「從容優樂」/ 風花銀次
從容優樂 風花銀次 日のもとの龜鳴く國に生まれけり 夢の世へをのこ女體より出で來し 初音ふとやみたるときが美聲かな 梅が香やそれよりも子の眉ほのか産土 にほの〳〵白しこぼれ梅 春風や産立飯 に焦げすこし 念者とも父ともおもへ梅の空 春宵の嬰兒正調にて泣けり 花をいひ風をいひけり宮參り ゆふされば夕櫻なるにぎみたま 花の木の細 しき管や水の音 優しにつぽんだんじなる假名初幟 腰のもののびてちゞんで五月かな をのこ汝れ命を愛 しめ葛ざくら
2012年11月21日水曜日
蟲雙紙 010 「正月一日、三月三日は…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈十〉 風花銀次 正月一日、三月三日は、よろづまゆこもりたる。 五月五日、豆 娘 むつびくらしたる。 七月七日は、機織蟲 鳴きて、芋の露にうつりたる空いと高く、雲ひとつ見えたる。 九月九日は、あかつきがたより雨少し降りて、お菊蟲も濡れそぼち、黃金 色にかがよひ、大明神などともてはやされて、アリストロキア酸を蓄へたれど、やがてなよやかな蝶いでて、ややもすれば、こはれむばかりに見えたるもをかし。
2012年11月19日月曜日
短歌十首「吉丁繪」/ 齋藤幹夫
吉丁繪 齋藤幹夫 ふとしかす京の準絶滅危惧は東土龍も東男も 吾妹子よ外へな出でそそこここに五月蠅なす神おはしたまふに 老いてなほ火遊び むかし祖母 に蘆薈 を塗られたりし思ひ出 金龍山淺草寺鬼燈市に 百二十六年後にも再 た 楡に吉丁蟲 繪柄のアロハシャツの彼奴 髭風吹いて罷り越したり 赫耀と照れる水面 のうらがはに男寡婦の鮎竝 默し
2012年11月16日金曜日
2012年11月14日水曜日
蟲雙紙 009 「童子にさぶらふ蟲は…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈九〉 風花銀次 童子にさぶらふ蟲は、兜蟲のつがひにて、かぶぶん、ぶぶぶんと名づけ、いみじうをかしければ、かしづかせたるが、あるとき防蟲シートをやぶり逃げたるを、童子「いづこに行きたるか、出でよ」とよぶに、出でず。日のさし入らざるにうち眠りてゐむか、さらば褒美取らせむとて「かぶぶん、いづら。ぶぶぶん、いづら。昆蟲ゼリー食へ」といへど、かさりともいはで、ゆくへ杳としてしれず。 「あはれ、いみじうゆるぎ步きつるものを。指 につきし蜜をぶぶぶんになめさせ、かぶぶんの大いなる角にひもかけて貨車を牽か
2012年11月12日月曜日
ひとり兎園會 1-1 「虛舟」/ 齋藤幹夫
ひとり兎園會 ―其之壹 虛舟― 齋藤幹夫
享和三年癸亥の春二月廿二日の午の時ばかりに、當時寄合席小笠原越中守知行所常陸國はらやどりといふ濱にて、沖のかたに舟の如きもの遙に見えしかば、浦人等小船あまた漕ぎ出だしつゝ、遂に濱邊に引きつけてよく見るに、その舟のかたち、譬へば 香 盒 のごとくにしてまろく長さ三間あまり、上は硝子障子にして、チヤンをもて塗りつめ、底は鐵の板がねを段々筋のごとくに張りたり。海嚴にあたるとも打ち碎かれざる爲なるべし。上より内の透き徹りて隱れなきを、みな立ちよりて見てけるに、そのかたち異樣なるひとりの婦人ぞゐたりける。 「虛舟の蠻女」より 曲亭馬琴
2012年11月7日水曜日
蟲雙紙 008 「我らが家に…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈八〉 風花銀次 我らが家に、胡 麻 小 灰 蝶 の童 出でさせ給ふに、陣はをれど、ものものしげにむかへ据ゑ、働き蟻ども、はらからとへだてなく世話すべきものとおもひあなづりたるに、忍びていとけなき者どもをとりてくらひ、さはりてえ出でねば門に近う蛹化し、羽化したるを咎むれど、聞きもあへずあわて飛び立ちけり。いとにくく、腹立たしけれど、いかがはせん。愛らしう見ゆるもねたし。
2012年11月2日金曜日
2012年10月31日水曜日
蟲雙紙 007 「思はん子を…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈七〉 風花銀次 思はん子を蟲屋になしたらんこそは、いと心苦しけれ。道をはづれたるよと思はるるこそ、いといとほしけれ。採卵し孵化したる小 さき蟲を、草を刈り木の葉をつみて食はしめ、兩用の便宜を圖り、かひがひしく世話して、ぷりぷりに太りたるがやうやう蛹になりて羽化したるを翅のいたまぬうちにあやめ展翅したれば、なさけなからずいふ。まいて、甲蟲屋などはいと苦しげなめり。展脚すれば「針山地獄に落ちたるごとし」などもどかる。いとところせく、いかにおぼゆらむ。 これは昔のことならず。今もかくのごとし。
2012年10月29日月曜日
2012年10月27日土曜日
俳句三十句「金谷酒數」/ 風花銀次
金谷酒數 風花銀次 この神酒はわが神酒ならめけふの月 泣き上戸泣きだすまでが月見哉 さかつきが妻よりいづる雨月かな つゆほどのむかしかたぎや菊の酒 物理とはもののことはりぬくめ酒 彼岸卽此岸殘んの酒いづこ おしいたゞく駄句をすなはち賢酒とぞ 藝術の術のほかなる琴酒かな しぐるゝやまたくりかへすまはしのみ 燗性のちがひを云ひて別れけり 去年の酒今年の酒とつらぬけり 屠蘇さつさつと急所をついてながれけり わらひ下戸てふもありけり四方の春 むかしびて奇特あり南無般若湯
2012年10月26日金曜日
小説「身代わり狂騒曲」 01 ‐ 佐助の憂鬱 / 風花千里
身代わり狂騒曲 風花千里
第一章 佐助の憂鬱 一 「行きたくねえなあ」 佐助は往来の端で立ち止まり、陰々滅々とした声でぼやいた。大工の親方である治郎兵衛に呼ばれ、仲間の家から神田白壁町へ向かう途中だった。 親方からは「必ず九つまでに来い」と命じられていた。 石町を通り過ぎたあたりで、九つの鐘が鳴ったのを聞いている。なのに、なかなか歩が進まない。昨日の大雪で、道が泥濘 んでいるせいばかりではなかった。 佐助は博打の負けが込み、借金を負っていた。家財道具を質に入れても、利息すら払えぬ有様だった。
2012年10月24日水曜日
蟲雙紙 006 「おなじ蟲なれども…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈六〉 風花銀次 おなじ蟲なれども、きき耳ことなるもの。つくつく法師。鈴蟲。松蟲。蟋蟀 。螽斯 。おほよそ蟲の音は聞くひとにより聞きなすものなり。
2012年10月23日火曜日
小説「曼荼羅風」1 -天災- / 齋藤幹夫
曼荼羅風 齋藤幹夫
――其之壱 天災―― ばかなことをいうな。いままでのおれとち がって、すっかり学問を仕入れてきたんだ。 あの野郎にひとつ天災をくらわしてやらあ。 古典落語「天災」より
2012年10月20日土曜日
俳句十句「栄花は夢」/ 風花千里
栄花は夢 風花千里» PDFで読む〈恋川春町 〉江戸中期の戯作者、浮世絵師。酒 上 不埒 という狂名を持つ狂歌師でもあった。駿河小島藩家臣。『金々先生栄花夢 』で草双紙界に新風を吹き込む。寛政の改革を題材とした黄表紙『鸚鵡返文武二道 』で老中松平定信の怒りを買い、進退に窮した春町は自害して果てたとも伝えられる。桔梗 や野暮に仕立てし細面 螻蛄鳴けり俺は無芸とうそぶきて 酒の上の不埒、放埒 栗拾う 月夜かな詠める阿呆に読むあほう 天明の浮かれ騒ぎよ寒波来る 冴えかへる手におしろひを塗る仕草 きぬさらぎ酔眼の底怒りけり 曲水の酒は澄み腑は冥みたる 黄表紙と果てし春町針供養 夏枯や ほんに覚悟の白小袖
2012年10月17日水曜日
蟲雙紙 005 「五月、祭のころ…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈五〉 風花銀次 五月、祭のころいとをかし。竝揚羽、黃揚羽の翅の模樣のけぢめばかりならず、黃みの薄き濃きもありてをかし。木々の木の葉、まだいとしげうはあらで若やかに靑みわたりたるに、おとづれたる蝶のあの葉この葉とたたきてゆくは、太鼓の稽古のごとくありて、かそけき音のたどたどしきを聞きつけたらむはなに心地かせむ。 祭ちかくなりて、黑揚羽、烏揚羽などのをどり舞ひつつ、山椒に觸れ、枳殼 などをかすめて、いきちがひとびありくこそをかしけれ。疾く遲く、つねながらをかしう見ゆ。尾狀突起のすりきれて、打ち枯らしたるも
2012年10月13日土曜日
2012年10月11日木曜日
小説「仁丹塔」/ 齋藤幹夫
仁丹塔 齋藤幹夫
浅草にまた十二階が建つらしい。夕涼みがてらに見に行こうと、その日突然祖父の惣吉は当時七歳の父惣一郎に云ったという。十二階とはかつて明治大正期に同じ浅草に隆隆と聳え立ち、江戸川乱歩も『押繪と旅する男』の中で、 あれは一體、どこの魔法使ひが建てましたも のか、實に途方もない變てこれんな代物でご ざいましたよ。 と語り、大正十二年九月一日の関東大震災で崩壊した凌雲閣の通称である。惣一郎が見に行こうと云ったのはそれを模して建設途中の、後に「仁丹塔」と呼ばれる広告塔で、昭和七年にも一度建てられたのだが、戦時中、昭和十六年の「金属類回収令」の発令により翌年に解体された。それが戦後の今日に再建されると云うのである。出来上がっても無いものを見に行ったって何が面白いものかと祖母は云ったが、惣吉は「女っつうもんはてんで浪漫ってぇものが無ぇ」と聞く耳を持たず、子供であった父にしてみれば黄昏時からの外出と云う高揚感と、惣吉の「晩飯は要らん。浅草で天麩羅でも食ってくる」の一言で凌雲閣でも仁丹塔でも建設途中であろうが無かろうが如何でもよかった。然しながら祖母にしてみれば浪漫云々ではなく、「こんな時に外出なんて控えたらどうです」とその後に続いて出た言葉の方が真意であったようだ。 後に仁丹塔と呼ばれる建設中の物は足場が組んであるだけで、確かに面白いものではなかったが、路上の香具師の啖呵がいよいよ大音声となる夕闇が迫り、忍び寄る夜闇に抗う浅草六区の極彩色の看板を見ているだけでも心が躍る。鍔広の帽子を被った洋服の女や、開襟シャツで扇子片手に歩く男、それについて行く着物の歩幅狭く歩く婦人など、その通りに行き交う人々を見ているだけでも浮立ち、着流しに何故かシャッポーを被った者とすれ違った時は、何度も振り返り堪らず声を出して笑ってしまった。更にはこの先にあるという安達ケ原が、それが吉原花街に子供達を近づけさせまいがための大人達の誤魔化しであると当時の惣一郎にしてみれば知る由もないが、恐ろしくも魅力的な想像を掻き立てた。 惣吉は畳屋を生業とする家の長男として生まれた。本好きの少年で、曾祖父に「本を読んでても飯は食えねえ。暇があるんなら包丁の一つでも研ぎやがれ」と何時も怒鳴られ、内心不満たらたらだが口にすればすぐさま鉄拳が飛んでくるので不承不承手伝ってはいた。暇さえあれば畳屋の仕事を覚えさせる曾祖父ではあったが、一度だけ件の凌雲閣へ連れて行ってくれた事があったと云う。普段は仕事一本やりの曾祖父が連れて行ってくれた凌雲閣のその時の嬉しさときたら堪らなかったらしく、惣一郎が物心ついた時から理解していなかろう事もお構い無しに、高村碎雨の「にほひ」や啄木の『一握の砂』にも出てくるのだとかと、併せて聞かされていた。惣吉がその時の嬉しさをわが息子にも同じように味あわせてやりたいと思ったのか知らないが、今建てている十二階が出来たらまた連れてきてやると、天麩羅を肴に呑む一級酒に赤らませた顔を近づけて語った。おそらくは無理やりやらされる家業の手伝い、そして戦争と、喜びの希薄な少青年期を過ごしてきたのだろう。青年になった惣吉は曾祖父と二人で畳屋を切盛りするようになる。やがて戦争が勃こり、兵隊となったが幸いにも生きて敗戦を迎える。戦後の混乱の中で出来る事と云えば畳作りだけで、最初は鉄拳が厭で覚えさせられたものであったが、結局それが身を助ける事になり上野に畳屋を開いたのだと昔話に一区切りをつけた。戦後の復興と相俟って畳の注文も少なからず、この時もどこぞの屋敷の仕事が上がり御祝儀も弾んでくれたらしく、やっと明るい時代がやって来たんだ、こんな時くらい楽しまねぇとなと呵呵大笑した。 天麩羅屋と云っても大衆食堂がうちは天麩羅しか置いてないよ、と謳っているような店である。畏まるような店ではないが、それでも普段から外食などに慣れていない、それも七歳の子供には妙な緊張感を与える。そんな事など惣吉には解ろう筈もなく、海老をもっと取ってやろうかと云いながら、返事も待たず自分の銚子も併せて注文し、「お待ちどう」と運んで来た女中に「この辺も開けてない店が結構あるね」と声を掛ける。 「ええ私もね旦那さんにお店開けるんですか、って聞いたんですよ。でも、うちのような店は開けてなんぼだ、大丈夫だって。私ぁ怖くって怖くって。今日の夕方には品川や大田の海っ縁に避難命令が出されたってラジオの臨時ニュースで云ってたって、さっき来たお客さんが」 「そりゃぁ昨日の今日だ、用心に越した事ぁ無ぇって事だろうよ。なにせ品川辺りはB29が通った後より酷いなんて云ってるからね。でも旦那さんの云う事に間違いは無ぇさ。今の兵隊も戦争中の兵隊とは力が違うさ」 「そうでしょうけど、万が一って事があるでしょう。何とか団とか云う破落戸も出回っているって云うし、一人で銭湯に行くのもおっかないですよぅ」 「うん、ご婦人がたにとっちゃおっかねぇやなぁ。昔イギリスに出たって云う切り裂きジャックも目じゃ無ぇくらい怖ぇなぁ。」 切り裂きジャックが何の事だか解らなかったのか女中は「はあ」とだけ応え、次上がったよ、とおそらくはその旦那さんに呼ばれ奥に行ってしまった。大人達の会話がひと段落したところで惣一郎は、追加の海老天と天丼の露の滲みた白米をさも旨そうに頬張りながら、今頃母親は一人留守番をしている事を惣吉に云ってみた。 「気に掛ける事は無ぇ。奴さんは嬶連中と明日だか明後日だかに芝居に行くんだとよ。そん時皆して洋食を食ってくるってよ。ビフテキでも食ってくんじゃねぇのか」 惣吉の云う十二階の眺めが見られないにしても、惣一郎には惣吉とのこの外出が楽しくて仕方がなかった。楽しすぎるから一人家に残してきた自分の母に何か申し訳ないやら、妙な罪悪感さえ覚えてしまっていたのだが、今の惣吉の一言で随分と楽になり、その時はビフテキとやらも食べたいと思ったらしい。 「満腹か。何かまだ食べたいものがあるか。無ければ帰るぞ」 とまたも返事も聞かず先程の女中を呼び勘定を済ませる。 「ゆっくり湯に浸かってそれこそ命の洗濯だ。これで風呂上がりにサイダーでも飲みな」 と受け取った釣銭の中の小銭を幾枚か女中に握らせた。さてのんびり涼みながら歩いて帰るかと云われたが、その日は夕方から靄が立ちこめ蒸し暑く夕涼みにはならない晩であった。御馳走さん、と店の奥に向かって声を掛け、暖簾を潜り天麩羅屋を出ると、幽かに揺らめく靄の中から、惣吉にしてみれば魂を悪鬼に持って行かれそうな、惣一郎にしてみれば初めて耳にするがそれでいて尋常な状況で無い事が伝わる、空襲警報にも似たサイレンが突如として響いた。 「お姉さん。ラジオ、ラジオ」 再び店の中へ暖簾を潜りなおした惣吉は大声を上げる。女中の耳にもサイレンの音は届いていたらしく、盆を胸に抱えたまま真っ青の顔で立ち尽くしていたが、惣吉の大声でわれに返りラジオの許へと走った。 「ああもう、ここは近所のネオンサインやらで入りが悪いんですよ」 と恐怖と苛立ちをラジオに八つ当たりするかの如くつまみを右へ左へと回す。 「*戒指令部発表、警戒**部発*――二十時***警戒警報発令――目下、***は文京*を北北東にむ****模様――台東***川区、足*区、墨****飾区、江戸川区、江**には完*退避*令が発***ました。もう一*繰り返**す。警戒警報発令*」 途切れ途切れだが緊急の報がラジオから店にいる者に伝わり、ほらぁ云わんこっちゃない、と女中の甲高い声を合図に店の客達は箸や猪口を放り投げて暖簾の外へと雪崩れ出た。当の女中はおろおろと右往左往しているが、ラジオの前から一向に離れていない事にも、雪崩れ出た客達が勘定を済ませていない事にも気付かない。店の主は女中の名を呼び、先に避難しろと厨房から顔を覗かせ大声を上げた。 「すまんがこの子を一緒に避難所まで頼んます。私ぁ上野の方を見てくる。これがうちの店の住所なんで」 と惣吉はいつの間にかに上野の畳屋の住所を書き殴った紙切れを女中に渡すと、先の客の後を追って店の外へと飛び出して行った。避難所っ、と再び甲高い声を上げたが未だその場から動けずにいた女中の横で惣一郎は「家に帰らなければ」と思い、惣吉の背中を追って店の外へ飛び出してしまった。女中は咄嗟に惣一郎を捕まえようとしたが叶わず、それが切っ掛けでラジオの前から動く事が出来、避難って何処、と叫びながら店の外へ飛び出す事が出来た。 天麩羅屋の並ぶ通りの蕎麦屋や飲み屋、あらゆる建物からの出てくる人々が巣の中から湧き出る雀蜂のようであった。警報のサイレンが響く中、消防車やパトカーのサイレンも絡み、怒号や悲鳴、警笛が耳を聾し、すでに行李を背負っている者、赤ん坊を背に手を引いている小さな子に何やら怒鳴っている母親や、浴衣の前がはだけて喚きながら走っていく者に混じって消防団の若者達が走り乱衆行動然としていた。布団や箪笥、果ては人間までも詰め込んでいるオート三輪の脇を通り抜け、仏壇通りまで出た処で惣一郎は惣吉の背中を見付けた。近付くと、上野はどうなっている、未だ燃えちゃいないがこのまま行ったら危ねぇ等と上野の方から逃げて来たと思しい男と話しており、そこへ声を掛けると驚いた顔で振り向き、そして邪魔者でも見るような眼で睨み付け、ちっと舌打ちをして付いて来ちまったもんは仕方ねぇ、絶対手を離すなよと惣一郎の手を握りしめた。 「東京の東側は軒並み完全退避発令が出ちまって、何処に逃げりゃ良いのか見当も付かねぇよ。兎に角じっとしてねぇこった。でも上野に向かうのは止しねぇ。」 と惣吉と話していた男は「すまねぇが行くぜ」と上野から遠ざかって行った。そうは云うが行かねばなるめぇ、とぼそっと口にした惣吉は惣一郎の手を引き引き上野の方へ向って駆け出した。暫く行くと上野方面から来る人の波で先に進むのが儘ならなくなり、通りの端へと寄って身を交わしながら上野の方を見るとその上空の靄が橙色に染まっていた。そして今度は青白く照らされすぐに橙色に戻り、戻ったかと思うと急速に紅く染まり始め地上からは紅蓮の炎も覗き始めた。上野の方から此方へ流れてくる人波は勢いを増し、消防車も燃えている方とは逆に逃げて来ている。人波の後方から大声で「上野は駄目だ。やられちまった」と誰かが叫んだのを皮切りに悲鳴や怒号が一際大きくなり、流れは一瞬にして怒涛となって惣吉と惣一郎を飲み込み、終には繋いだ手も外されてしまった。惣一郎が惣吉を呼ぶ声は乱衆行動の、否最早動物の暴発行動とも云える状況下では、発した自分の耳にも聞こえぬ有様で、小さな体躯は流されるのみが唯一の術であった。脚が棒のようになっても自分の意志では止まる事も、かと云って人波を掻き分ける事も出来ない。倒されて踏み潰されまいと思うのが精一杯である。次第に流れにも乗る事が出来ぬようになり、到頭通りから外れる路地の方へ押し出されてしまい、それ以上歩く事も立っている事も出来ずその場に坐り込んだ。大荷物を持たない身軽な者たちが坐り込んでいる子供なんぞに目もくれず通り過ぎて行き、逸れた父の事、上野に残った母の事を思うと涙が溢れて来た。膝を抱え突っ伏し、膝頭に眼を押しつけても涙は次から次へ溢れて来て、他に如何する事も出来ない。長い時間涙は止まる事を知らず、歯を食い縛っても嗚咽は漏れ頭の中に鳴り響き、「坊」と消防団の若者が声を掛けて来たのにも気が付かなかった。消防団の若者は繰り返し、声を大にしながら呼び掛け三四度目にやっと顔を上げた少年に向かって云った。 「逸れたのか。ここいらももういけねぇ。早く、こっちだ」 惣一郎は手を取られ無理矢理立ち上がらされると路地の奥へと引っ張って行かれた。暫く走ったが、若者には子供の手を引いているのが足枷となり、業を煮やし一旦立ち止まりると惣一郎を右手に抱きかかえ再び走り出す。惣一郎は振り落とされまいと首にしがみ付き、若者の荒い息遣いを耳にしていた。路地を抜け、先程とは違う通りに出るとそこは逃げる人波も引いており、怪我をして倒れこんでいる者や坐り込んでいる者しかいない。その光景を前に若者は立ち止まり呼吸を整えていたが、惣一郎は若者の呼吸音に紛れて聞こえる地響きを、それが此方に近付いているのを感じた。若者もそれを感じたのか「拙いな」と呟き、三度駆け出した。地響きは最早耳ばかりでなく骨の髄にまで響くようになり、金属音とも獣の咆哮とも違う、発する物の憤怒としか言いようのない大音響が空気を引き裂いた。惣一郎は若者の背後に流れる地面から、視線を上へ上へとやる。天空を覆い隠すほどの巨きなモノを見止め、そこで記憶がふつりと途絶えてしまった。 気が付くと惣一郎は何処かの校庭に敷かれた茣蓙の上に寝ていた。傍らには膝を付き、身を乗り出して覗き込む惣吉と寄った天麩羅屋の女中がいた。 「あら気が付いた。良かった、良かった。お父ちゃんとは逸れちまったんだねぇ。ここに消防団の人があんたを抱えて来たのに丁度出くわしてね、驚いたのなんのって。急に飛び出すもんだからもう、あんたのお父ちゃんに頼むって云われてたのにあたし、心配してたんだよぉ。ああ、でも本当に良かった」 と一気呵成に喋り、惣一郎の方から父を見なかったかと訊くまでもなかった。周りを見渡すと避難して来た人々が大勢いて、途方に暮れた体である者は坐り込み、ある者は倒れ込み、東の空が白々と明るくなりゆくなか、夜の暗さが残る西の空に地上の炎に照らされながら広がってゆく煙を見つめていた。 その日の昼過ぎに惣一郎は女中に連れられ、上野にある自宅の畳屋へ向かうべく避難所を後にした。一夜のうちに周りは見ず知らずの町に一変し、異様な臭いが立ち込め、倒壊した建物や燃え続ける家屋、散乱した瓦礫が道、辻を塞いでいる。誰かの名を叫びながら彷徨う者や瓦礫の山を撤去する者、怪我人を救助している者や消火作業をしている者達に混じり、黒焦げとなった者、地面に倒れたまま二度と動けぬ者が彼方此方に転がり、中には人の型を無くした塊が落ちていた。女中は、何が好物かとかどんな遊びが好きか、坊ちゃん見るなとか喋っていたが、惣一郎の耳には全く聞えず、聞えたのは、一寸立ち止り周りを見渡しながら「またやり直しだぁ」と呟いた一言だけであった。この辺だ、この辺だと女中が再び立ち止り辺りをきょろきょろとしていたが、一町程先の半壊した家屋に、見覚えのある畳屋の看板が斜めってぶら下がっているのが惣一郎の眼には飛び込んできた。かつて店先であった処に坐り込んだ母親を見付けると女中の手を解き、母の胸に飛び込み大声を上げて泣いた。母も惣一郎の無事を喜んで涙を流して喜んだが、ここにも惣吉は戻って来てはいなかった。そのうち戻ってくる、怪我をして救護所に運ばれているのかもと惣一郎に言い聞かせる母の言葉も空しく、あの夜から二日後、倒壊した勝鬨橋に半ば堰き止められた隅田川の、瓦礫や死体が流れつき澱みとなっていたその中に発見された。 仁丹塔はその年の初冬に完成し、昭和六十一年に老朽化を理由に解体されるまで、浅草の景観の一部となり皆の目に馴染んでいたが、父惣一郎には仁丹塔はおろか浅草にも連れて行って貰った事が無い。二度と近寄りたくない町だったのだろう。その父も昨年の夏に甲状腺癌がもとで鬼籍に入った。これは昔話など口にした事の無かった父が、闘病中に臥した床の中で唯一私に語った昭和二十九年の己が父との思い出、東京に巨大生物が上陸した時のものである。 (畢)
2012年10月10日水曜日
蟲雙紙 004 「三月三日…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈四〉 風花銀次 三月三日、うらうらとのどかに照りて、いま咲きはじめたる桃の花に蜜蜂など、いとをかしきこそさらなれ。根方の土のなかにまゆごもりたる天蛾 、翅の廣ごりたるおのがすがたをゆめにみて身じろくこそをかしけれ。 さくらの花おもしろう咲きたるといへど葉のなかりけるはわろし。やまざくらなど葉がくれにすこしく咲きたるこそ、いみじうをかしけれ。「あ、あれにひときはおほいなる花が」と家人のおどろきゆびさすかたを見れば、翅をやすむる羽化したばかりなる大水靑蛾 、いとをかし。
2012年10月4日木曜日
短歌十首「年增女誑」/ 齋藤幹夫
年增女誑 齋藤幹夫戀敵 など眼中に無き惡友の近視老眼亂視色弱 羨望のまなざしてふも皮肉めき食用の馬賣るはつなつの市祝花 の日の出蘭の鉢植ゑ轉がつて酒舖「ガルシア」の亂癡氣騷ぎ末 裔 なるか長髓彦の 賑賑しわかものの膝覗きしデニム 御亂心遊ばされるなアニメ『家なき子』に淚流せし父よ 庭の大盞木切り倒す三界の一界の家引き拂ふべく
2012年10月3日水曜日
蟲雙紙 003 「正月一日は…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈三〉 風花銀次 正月一日は、まいて空のけしきもうらうらと、めずらしう小 さき蝶など舞ひいでたるに、現世利益をもとめて列をなすひとびとには見えず、わらはべのいくたりか指さし、ゑまひてのち手を合はせたる、さまことにをかし。 七日、ななくさのほかの立ち枯れの草になにかの蛹、若菜つむをわすれ、いかなる蟲かと思ひめぐらすこそをかしけれ。持ち歸りて、いかなる蟲か賭けむといへば、家人さんざめき、穢し、捨てたまへ、などくちぐちにののしりて近う寄らざりけり。かつて「本地 たづぬるこそ心ばへをかしけれ。
2012年9月30日日曜日
2012年9月28日金曜日
小説「身代わり狂騒曲」 00 ‐ 源内死す / 風花千里
身代わり狂騒曲 風花千里
序章 源内死す 一 明和六年如月晦日(一七六九年四月六日)。 昨夜から季節外れの雪が降り続いている。 雪は江戸の町を覆い尽くし、明け方からは吹雪く有様。いつもは五月蠅い近所の餓鬼共も、今日は家の中で鳴りをひそめていた。 「馬鹿野郎ぉ……何でこんなに早く逝っちまったんだ」 座敷に安置された亡骸に取りすがり、絵師の鈴木春信が癇の強そうな声で泣いている。昨日から一睡もしていないので、目の下に薄墨を流したように隈ができていた。布団に寝かされた仏より、よほど死人めいた形相だった。 「春信さんよ、そんなに揺さぶるな。仏が仰天して、三途の川の途中で溺れてしまうぞ」
2012年9月26日水曜日
2012年9月22日土曜日
俳句三十句「俳諧無宿」/ 風花銀次
俳諧無宿 風花銀次 旅に倦んで足洗ひけり猫じやらし 冬ふかしさへづりが煮えてもひとり 降る雪や晩節が長すぎるなり 去年今年二 十 一 目 に去り嫌ひなし 旨ししらうを魂魄の紺透けて 錐揉みに夢見月とはなりにけり 次の間の雛が茶を挽く修羅場かな 嵌め殺す障子のむかうがはに春 餘所妻のゐなじむ家や目借時 櫻烏賊おのれが腸 にまみれけり 散るときの所作敎へあふ櫻かな 賽の目に春の行方を尋ねけり 菖蒲湯に皮膚そのほかを洗ひけり 醉生の渡世てふ卯の花くたし
2012年9月19日水曜日
蟲雙紙 001 「春は…」/ 風花銀次
蟲雙紙〈一〉 風花銀次 春は菜の花。こがね色のなみうつひまの葉がくれに、紅 娘 の、うしろよりひよどりごえのしかたでしかけたる。 夏ははす。花はまだなれど、しのぶる鯉の浮き葉をゆりうごかすもをかし。となめせし豆娘 とまりて、かげもハート型なるはさらなり。 秋はいろいろの草こきまぜたるなかに鳴く蟲うたひつのりて相聞のごとしとおもほえど返歌なし。 冬は小楢。うらがれのこずゑに參星 かかりて、風花するとみれば、妻を求めて飛びまどふ冬尺蛾 。妻に翅なしとぞ、あはれ。
2012年9月15日土曜日
短歌三十首「戲遊軍嬉遊曲」/ 齋藤幹夫
戲遊軍嬉遊曲 齋藤幹夫 梅擬一枝手折りてすゑの世にいでたる花の景季もどき 料理敎室混じる二、三のますらをに薔薇ばらばらに殺 されあはれ 梅雨の世につゆほどおもふことなけれども雨男佐佐木信綱 屁理屈の腥 き惡友を毆 つ黑 南 風 握り潰せし拳 愛でも啖 ひやがれ!文月 の水槽に幾色か缺く虹 霓 魚 愛人の肌 にふれず牀の閒にかざりし合 歡 を愛 でむとしよう われ迷ひ込みたるゆゑに新宿區百人町に吹くむかひかぜ
2012年9月12日水曜日
2012年9月8日土曜日
俳句十句「野暮錄」/ 綠月亭
野暮錄 綠月亭 閻魔參若い» PDFで読む衆 の背にうち對 ふ すててこの臑毛逆撫ず女人かな 夏芝居跳ねて砂利共惡だくみ ゼラニウム居候より賜るも晩夏 や濡るる肌 の馬夭 し 噓にうそ混ぜてし夜 半 の灸 花 蟬踏んで大音聲 の蟲の息 寢屋の鍵束野暮なり聖母昇天祭 銀漢を跳越えて來し御俠振 り 織姫や勝鬨のごと高鼾
2012年9月5日水曜日
Baloney! - 「花零れり」/ 風花銀次
花零れり◎風花銀次 ご存じの方はご存じのとおり(あたりきの話で、ご存じでない方はご存じない)あたしはへたの横好きで虫や花やを写真に撮ったりなどして遊んでますが、生まれついての酒飲みゆえ運転免許なんて結構なものを持っていず、いくら虫がたくさんいそうでも、うっかり郊外の山奥なんて行ったら帰ってこらんなくっちゃうおそれ大いにこれありだから、公共交通機関だけで移動できる都区内での撮影がもっぱら。 したがって虫といっても写ってるだけでみんなの気を引くような珍虫奇虫のたぐいはまったくなく、そんじょそこらにいくらでもいるありふれた虫のあれこればかり。
2012年9月1日土曜日
俳句十句「去年今年」/ 風花千里
去年今年 風花千里 まどろみの枕辺に立つ楓かな 草紅葉 爪に獣の棲むけはひ しまうまの縞から殺気立ち上る» PDFで読む草原 の乳房の陰で仔馬肥ゆ 子を殴る拳 の痺れやまつぼくり塵 芥 溜めの食 玩 の山に月笑ふ ひだまりに御縁をつむぐ鎖編み 凩に「こーとろことろ」の唄を聴く 霜柱 産毛の少し濃くなりぬ すべりだい跨ぎ越す子や去年今年
2012年8月29日水曜日
短歌十首「秘扇帖」/ 風花銀次
秘扇帖 風花銀次心弱くなりゆく夕べ 外 獅 子 印 結ばむとして指がひきつる 五欲、そのひとつを缺きし少年とすれちがふ花の奧の奧 愛想盡かしの水無月 われが拒みたる腕 かなしき曲線 をゑがき 靈肉をたやすくわかち論ふたかが書齋の山羊が、莫迦め 鬼子母寺に石榴一顆咲 み割れてうちつけに性力崇拜 むずむず ひねもす呑んだくれてゐにけりしらつゆの奧義 へはなほ至りがたしも
2012年8月25日土曜日
2012年8月19日日曜日
短歌二十首「穀潰手控帳」/ 齋藤幹夫
穀潰手控帳 齋藤幹夫 良經の扇にすまふ秋風に見事帽子 をぬがしめられて 弟に戀の樂しみ教えなむ この兄が戀敵とならう 戰火勃ちあがるべくしてたちあがりすさまじ曼珠沙華の一群 夜に爪切つて逢へざるものに胸ふくらませおり 蒼き若月 ひねもすや梨のつぶつぶ數へをるこの暇潰し われ穀潰し あしひきの病ひありけり眞夜中を路面清掃車がはひまわり
2012年8月18日土曜日
2012年8月12日日曜日
俳句十句「Gekko 歌劇団」/ 風花千里
Gekko歌劇団 風花千里 傀儡のまなこの奥や蝶々雲 初霜の白のあはひに胸騒ぐ 駒下駄の雪こそげ取る別れ際 埋み火や歳月の月拾ひたる はりまどと紙一重なり伊達気質 しはぶきにケチの頭の使ひやう 盃はもうケレン味を溢れさせ 目薬を» PDFで読む点 して上らう曲輪 坂 片頬で笑ひ守宮が月狙ふ たあぷぽぽ やもりが盗んだ月はどこ?
2012年8月9日木曜日
2012年8月5日日曜日
Baloney! - 「イワセミ」/ 風花銀次
イワセミ◎風花銀次 土の中で数年の幼虫時代を過ごしたのち、羽化して、岩の隙間、割れ目の中で終生を過ごすという奇妙な生活史を持つ地味な半翅目の昆虫、セミの一種が発見されたとき、色めき立ったのは生物学者やアマチュア昆虫愛好家ばかりではなかった。 退化して小さくなった貧相な翅が、ある種のフェチを喚起するから、という説もあるにはあるが、それでは、まるで畑違いの芭蕉研究家たちが慌てふためいた理由は説明できないだろう。なぜ芭蕉研究家たちは慌てふためいたのか。
2012年8月4日土曜日
俳句三十句「烏兎匆匆」/ 風花銀次
烏兎匆匆 風花銀次 國ぶりの態位をたゞす神樂かな 去年今年流るればこそ志染川 そのさきに鳳穴あらむ揚げ雲雀 貌鳥のおのれがほなる尖りかな 蟲穴を出でざるもあり地鎭祭 荒壁やそこかしこなる地 祇 音立てて水飮む蝶や無人驛 かげろふにわれは鬆 が立つをとこかな 淺蜊ごときが舌を出しけり日向灘 天人の捨て盃か花に月 戀猫に猫ならざるはなかりけり霾 るをうつゝの夢に告げられき きぬ〴〵の春鹿に眉なかりけり 一蝶去つて高千穗峽のふかみどり
2012年8月3日金曜日
短歌二十首「生ける空蟬」/ 齋藤幹夫
生ける空蟬 齋藤幹夫 鬼鹿毛の馬頭觀音大祭の世話役小栗君神妙に後朝 にひとり啜りし蜆汁 明日より昨日へ架かる橋はあらぬか 佐保姫の御 座 する寢屋の枕頭のボックスティッシュ 花粉症にて 裁判員席より臨むかぎろひの被 告 人 は欠伸 すらも殺せず 官能の最果て知らず 綠靑の榮螺の腸 がとろり取れたり 熊谷市武體に澱むぬまつぷち縮緬肌の菖蒲立ちゐし
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