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2012年12月5日水曜日

蟲雙紙 012 「淺葱斑蝶はひむがしをば…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈十二〉       風花銀次

淺葱あさぎ斑蝶まだらはひむがしをば、ふるさとといふ。
劍山のはるかにたかきを、共連ともづれ「いくひろあらむ」などいふ。知らざれば、しばし思案して「の山ほどにはなからむ」とのたまひしを、土佐國にてやすみしをり、旅の無事を祈りて、ささをくだされ給へるに、したたかにゑひたれば、ゆゆしうたかく舞ひけり。
さめたるのちに、「富嶽をも越えけむ」といへば、「メートルが上がりたる」とわらひ給ふ。
「日向國ひうがのくにでは燒酎し。琉球國りうきうこくでは泡盛欲し」といひけむこそをかしけれ。
 こんな呑兵衛の蝶なんているんでしょうか。「くはのみや花なき蝶の世捨酒」なんて句を芭蕉は詠んでますが、浅葱斑蝶が渡りをするのは旅先で繁殖するためなので「世捨」ってことはなさそうです。
 大胡おおご斑蝶まだら里黄斑日さときまだらひなどのように、いわゆる樹液酒場で見かけることもまずありません。
 そんじゃあ、いいかげんなことをいって浅葱斑蝶を貶めようって魂胆かというと、そんなことはなく、よくあるデフォルメ、アダプタシオンのたぐいに過ぎないので、関係各位にあらせられては御寛恕を請い願い奉る次第です。
 てか、呑兵衛呼ばわりが貶めることになるってんなら、事実呑兵衛のあたしはどうなんのさ。||え? どうもなんない、とこまできてる?
 はい、浅葱斑蝶てものは羽化したあと、日本本土と南西諸島、台湾の間を往復していて、そこだけ見ればなんだかイッテコイのようでもありますが、北上する個体と南下する個体は別の世代なので、一世代での話に限ればイキっぱなしってことになります。そんで東のほうに故郷があるってんなら南下する途中の浅葱斑蝶ですね。
 さて、浅葱斑蝶の移動の調査研究では、捕獲した成虫の翅に捕獲場所や年月日、連絡先などを記入して放蝶し、個体識別を行うという方法が取られます。この調査においては、二〇一一年一〇月一〇日に和歌山で放蝶された浅葱斑蝶が八三日後に香港で捕獲されるという、世界で二番めの長距離移動が確認されたそうです。途中高知にも立ち寄っているので、そこで「きこしめした」なんてでっちあげをやらかしたわけです。
 太陽報という香港の地元紙では「首度發現有越洋『訪港』蝴蝶」「路線全球第二遠」などと、二五〇〇キロに及ぶ旅の偉業を讃えてますが、さすがにマスのメディアなので「老酒をふるまった」なんてでたらめは書いちゃあいなかったね。
 そもそも浅葱斑蝶はアセトアルデヒドなんてな酒毒よりも、アルカロイド毒を体内に蓄えるために、幼虫時代からせっせと蘿藦ががいも科の鬼女蘭きじよらん鴎 蔓かもめづる生馬いけまなどを食草として食べていて、成虫になってからも菊科の鵯花や藤袴から吸蜜しなきゃいけないんで、あたしたちのように飲んだくれてるひまなんて、とてもありゃあせんのです。
 そんなこと、なんでやってんのかというと防御物質への転用のため、つまり天敵から身を守るためなんですが、そんだけでなく、浅葱斑蝶の雄は吸蜜植物からピロリジジンアルカロイドという肝毒性の物質を摂取しないと性成熟できないんだそうです。
 どういうことでしょう。性フェロモンの原料になってるとのことですが、脱法だのへったくれだのをキメたいってわけでもないんでしょうけどねえ。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    そのアサギマダラは、東のほうが故郷だといいます。
    剣山があまりに高いので、いっしょに旅をしている仲間が「何メートルくらいだろうね」と聞くと、しばらく考えたあと「富士山ほどじゃあないね」。
    高知で一休みしたとき、旅の無事を祈ってお酒を振る舞われ、たいそう酔っぱらってしまい、ものすごく高く舞い上がってしまいました。
    酔いがさめて「富士山も超えそうだったよ」とからかわれると「メートルが上がっちゃったよ」なんていって笑います。
    「宮崎では焼酎がほしいな。沖縄では泡盛がいいな」なんていったんでしょうけど、おかしいね。

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