しばしお待ちを...

2018年2月21日水曜日

短編小説「ドラマチック・ポルノグラフィ」/ 風花千里

ドラマチック・ポルノグラフィ   風花千里

 春になってそよ吹く風が頬をなでる頃になると、体の奥のほうからムズムズと何か目覚めるような気がするものでございます。
「ママー」
 と、ベソをかきながらやってきたのは、1年後に競走馬になるツヨシという仔馬。ツヨシは良家のお坊ちゃまで、母馬は短距離を走らせたら日本一だったイブ。父はこれまた世界的に名の通った種馬のエートス。しかしこのツヨシ、お坊ちゃまの常でどうにも気の弱いところがありまして、今も隣の牧場の悪ガキ馬、ケン坊にいじめられて帰ってきたところでございます。
「ツヨシや、どうしたの?」
 母イブは、ついひと月ほど前に生まれたツヨシの妹を遊ばせながら、精のつくクローバーの葉を食んでおりました。
「ケン坊のやつ、おめえの妹はおめえとおとうちゃんが違う、おかあちゃんが浮気したんだろっ

2018年2月20日火曜日

独吟歌仙「空蟬の巻」/ 風花銀次


独吟歌仙「空蟬の巻」
            風花銀次

 
四半世紀前の独吟歌仙が反古のなかから出てきた。初学の頃ゆゑ下手なのはいたしかたないが、いまだにちいとも上達してないのが問題だなあ。
 
 
 
空蟬や日に世をついで狂句生れ
 
 脳しびるゝばかりおそなつ
 
船倉にマドロスしばしまどろみて
 
 木曜島に驟雨過ぎにき
 
何を研ぎ澄ますべく照るけふの月
 
 酒気帯びし身で秋韻を聴く

2018年2月11日日曜日

童話「ぼくとヤモリとイナズマじじい」/ 志野 樹

ぼくとヤモリとイナズマじじい 志野 樹

 梅雨のあいまの気持ちよく晴れた日だった。気温が今年はじめて三十度をこえた。
 ぼくは日がしずむまで遊びほうけていて、家に帰るのがすっかりおそくなってしまった。だから、明るい大通りではなく近道をえらんで帰ることにした。
「ん?」
 足が止まった。白いへいでかこまれた大きな家の前だった。へいにはぼくの目の高さにゴルフボールほどの穴があいている。そこから何かがのぞいていた。
 そっと近づいてみた。のぞいていたのはいっぴきのヤモリだった。小さい顔の

2018年2月5日月曜日

短歌十首「アイスキューブ」/ 風花千里

アイスキューブ      風花千里

かざぐるまかざして歩く臨月のゆくてに待てる螺旋階段
父となるひとが請ふ膝枕には三つの息遣ひが重なる
十月十日ふくろに揺られゆうらゆらしてゐたきみを起こすあはゆき
わたくしがほころび始む予定日のアイスキューヴに観念凍る
雪しまく朝産院へ さしあたり期待と不安を肺葉に詰め
あめつちの鼓動と一つになるわれをしづかに迎ふ分娩室は
呼気吸気まざりあひたる産室に輸液の細きチューブ蠢く