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いろちがひの蜥蜴つるめり夏の夜 |
2018年8月22日水曜日
詞句窯變 ― trans haiku 011 / 風花銀次譯
2018年8月19日日曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」10 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第十章 手跡指南所 手跡指南所の玄関先に、盛りを過ぎた犬鬼灯の白い花が、風に吹かれてちらちらと揺れている。 姉女郎に連れられ、菊乃は歌乃とともに、山村峰春 の指南所の前に立っていた。 本来の稽古日でもないのに出向いてきたのは、峰春に菊乃のだらしのない行状を報告し、戒めてもらうのが目的だった。 部屋を出る前は、小生意気な千鳥が指南所に来て鉢合わせしないかと案じていた菊乃だったが、妓楼の暖簾をくぐる際、常磐津を唸る少女の声が漏れ聞こえた。 たぶん、今日のところは、千鳥が指南所に来る気遣いはない。菊乃は、やれやれよかったと、
2018年8月15日水曜日
2018年8月12日日曜日
短編小説「毛抜き」/ 風花千里
毛抜き 風花千里 イラついているのは残暑のせいばかりではない。 胃の奥にむかつきを感じながら、鏡台の引き出しから毛抜きを取り出す。ステンレス製のエロティックなまでに美しいラインを持つ毛抜き。それが、窓越しに入ってくる陽光を受けて妖しく光っている。 イライラするときは毛を抜くに限る。眉、腕、脇……全身の毛が私の心を鎮めようとおとなしく待っている。穿いていたジーンズの裾をめくり上げる。今日は脛にしよう。毛抜きの先で脛の毛の根元をはさみ、毛の流れに逆らわずに引っぱる。ぷつ。わずかな手ごたえがある。毛抜きの先端部分に毛が一本、しっぽを掴まれたネズミのように捕らわれている。ぷつ。ぷつ……一本また一本。直径5センチほどの円上にある毛を抜き終えると、むかつきが少し収まった気がする。
2018年8月9日木曜日
2018年8月4日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」09 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第九章 姉女郎の秘密 「ひーっ、冷たかった」 息を吐きかけながら、菊乃は、真っ赤になってかじかんだ手をこすり合わせた。 菊乃は妓楼の勝手口の外で、盥に水を張り、書道用の筆を洗ってきたところだった。 今まで洗われることのなかった筆は、墨に含まれる膠の働きで穂先がかちかちに固まってしまい、枯れ枝のごとき有様になっていた。 部屋では、綾錦が一人で化粧をしていた。綾錦の前に据えられた置き鏡には、呆れるのを通り越して、諦めの念が漂う姉女郎の顔が映っている。 「これまでがだらしなくて一切洗ってなかったんだから、仕方ないね」
2018年8月2日木曜日
短歌五首「羽化不全」/ 風花銀次
羽化不全 風花銀次 『朝顏の露の宮』讀み了へていざ出でむとするに猛暑警報 かかりあはざらむ、かかはりあらざらむ、戀人もひからびる街角 いきさつはともあれ雨後の舖道 にみみず千匹のたうちまはる 颱風が近づくさなか雨音に負けじと蟬が鳴きつのるなり 羽化不全のをみなを悼みうたひけるひぐらしはかなかなかなかなし
2018年7月31日火曜日
2018年7月27日金曜日
短歌十首「夏の痕」/ 風花千里
夏の痕 風花千里 牛乳とほんの少しのいらだちが炭化してをり鍋のそこひに 猛毒が乳を介して溶けてゆくらし いかづちに傾ぐ樫の木 洗濯槽のぞきこむうち湧きあがる耳鳴りのどこかなつかしきかな わたくしと初夏の風にくるまれて汗ばむきみは野芹のにほひ わが唄ふわらべうたとらへむとして小さき耳は開くひるがほ 行水ののちに裸で転ぶ子に球根植物植ゑる日近し 瞬きのあはひに夜のほころびを見つけて泣いてゐる子のありき
2018年7月23日月曜日
短歌十首「酷暑見舞」/ 風花銀次
酷暑見舞 風花銀次 夜涼みに出れば川面をわたりくる風なまぐさし うつつの川の くさい、うるさい、うるさい、くらい新月の夜の電車が家路を急ぐ 繁華街拔けむとするにをとこらが蒸れてこのうへもなく見苦し エアーコンディショナーあはれビルヂングせなかあはせの路地裏をゆく 熱中症にて地上には出ざるまま死したる油蟬數 萬 匹 遺棄された危險在來生物が、ほら、わたくしのなかの暗渠に 東京大虐殺あらむ 元號は知らねど庚子文月末とか
2018年7月21日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」08 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第八章 徘徊する猫 絹布に天鵞絨の縁取りを施した三つ布団の上で、綾錦が「うーん」とうめいている。 光沢のある豪華な布団の上で、うつ伏せになって、だらしなく伸びている姉女郎の姿を前に、菊乃は当惑した気持ちを隠せなかった。菊乃は、歌乃と初糸とともに、湯殿から戻ってきたところであった。 「花魁、お加減はいかがですか?」 綾錦と一緒に部屋に残っていた八橋が、心配そうに呼びかけた。 「あぃたたたたっ。八橋、そう大きな声で話すでない。うるさくて頭が割れそうだ」 綾錦は、ほつれた鬢のあたりに手をやると、大仰そうに顔をしかめた。綾錦の枕元には、小
2018年7月18日水曜日
2018年7月14日土曜日
2018年7月12日木曜日
童話「かぶと森」/ 志野 樹
かぶと森 志野 樹 幼稚園の夏休みです。シンはじいじの家に一人で泊まっていました。ママが乳がんという、おっぱいにおできのようなものができる病気で手術することになったからです。パパは会社が遠くなってしまうので、じいじの家には泊まれません。 じいじは一人で暮らしていて、洗たく、そうじ、料理となんでもできました。 「森へ行ってみよう」 じいじがそう言ったのは、シンが来た翌日のことでした。夜、ママを恋しがって泣いたシンは目がはれて真っ赤になっていました。 森の中を歩くと、まだ日も高くないの
2018年7月10日火曜日
俳句十五句「琱蟲篆刻」/ 風花銀次
琱蟲篆刻 風花銀次 訃報屆くさきがけて初蝶來たり 蟻穴を出て人間 に入りにけり しみ〴〵と鼻高きかなしゞみ蝶 一蝶雄辯にてふ〳〵てふ〳〵と豆 娘 生まれてはねのありどころ 草に花粉こぼして虻の聲小 さし 死刑実況聞かさる蠅に見られつゝ 蜉蝣や動詞的形容詞的 ぬきあしさしあし踵 行 蟲 かな 不完全變態少女夏深し 昏きより山繭蛾科の女かな なゝふし死すといへど擬態しつぱなし琱 蟲 は蟲に如かざり秋隣る 失戀未遂して鳴く蟲にいひおよぶ深々 と火蟻眠れり凍港
2018年7月7日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」07 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第七章 森田屋の苦悩 「これはこれは、花魁。旦那様がお待ちですよ」 引手茶屋、枡屋の女房のお久が、相好を崩して綾錦の一行を出迎えた。お久の背後には、これまた商売気たっぷりに顔を綻ばせた亭主の喜之助が控えている。 枡屋の入口の柱には、屋号が書かれた掛行灯が掛かっているが、まだ八つ半という時刻ゆえに灯は入っていなかった。入口の脇に吊られ、棒で内から外へ突き出した青簾が、折からの寒風にゆらゆらと揺れている。 「遅くなりいした」 お久に声を掛けられ、綾錦は《ますや》と染め抜いた軒暖簾をくぐって、茶屋の中に入った。菊乃、歌乃、初糸、八橋が綾錦の後に続く。
2018年7月4日水曜日
2018年6月30日土曜日
2018年6月27日水曜日
狂歌十首「新作かぶき『HINOMARU』序幕 奉安殿の場」/ 風花銀次
新作かぶき「HINOMARU」 序幕 奉安殿の場 風花銀次 晝間だが蜩 の聲、下手 より男らがばらばらと登場 やや遠く切れ切れに玉音放送、日の本の彼 方 此 方 で暗挑 國民服の男其の一「日ッ本を家 體 崩しに致し候」 唄。〽千代に八千代になどと、契情 の誠のはうが信 らしうて…… 蟬の聲、鳴物止 みて三人の國民服齊 しく思ひ入れ 「翼贊の歌詠まざるは幸運に過ぎぬ」如何にもと宜しく科
2018年6月23日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」06 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第六章 四人の禿 「歌乃、行くよ」 まさに阿吽の呼吸とでも言おうか。菊乃の呼びかけに、歌乃が間髪を入れず「うん!」と頷いた。 「千鳥と波路に話を聞きに行くのね」 歌乃の瞳がいつになく強い光を湛えている。 波路と同様、千鳥も、おっとり構えた歌乃を陰で小馬鹿にしている。歌乃も、千鳥らの陰湿な言動を肌で感じているはずだった。 姉女郎のお墨付きを得て、菊乃とともに話を聞きに行くとなれば、いつもいじめられている鬱憤を晴らせる絶好機だと思っているのかもしれない。 いつもと違う歌乃の積極的な様子に、菊乃は
2018年6月16日土曜日
短歌五首「半分、赤い」/ 風花銀次
半分、赤い 風花銀次 いはずもがなけふもたれかの忌日にて半分赤い墓域ありけり 茶房太白地階の奧で差し向かふ可塑的 な女友達 鞭ふるふときにもつとも美しき騎手が大映しのテレヴィジョン 實は曾我五郞ならねど助六といへる魚 屋の閉店セール みだりがはしくも付箋のあまたなる記紀 亡き父の書架にまします
2018年6月9日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」05 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第五章 化粧う女たち 「歌乃ぉ、あんたの《江戸の水》さ、ちょっと貸してよ」 菊乃は、湯上がりで火照った頬をぺちぺちと叩きながら、歌乃に請うた。 《江戸の水》とは、近年、江戸で流行している化粧水。今は亡き、式亭三馬とかいう戯作者が、副業で始めた生薬屋から売り出した代物だった。 《江戸の水》は、綺麗な硝子瓶に入っている。菊乃も歌乃も初糸も、綾錦からこの化粧水を一瓶ずつもらっていた。 「やあよ。菊乃に貸すと、一気に中身が減るんだもの」 歌乃は、口をむうっと尖らせて拒んだ。 「わっちの瓶の中身は、もうなくなっちゃった
2018年6月4日月曜日
2018年5月26日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」04 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第四章 疑惑 綾錦の部屋に戻ると、菊乃は携えてきた竹村伊勢の菓子箱を開けた。 わあっ、と小さな歓声。部屋にいた連中の顔が綻んだ。女郎に限らず、女はいつだって、甘い物に目がない。 「あら、今日は最中饅頭なのね」 初糸が目を輝かせて、箱の中を見ている。 《最中の月》で有名な竹村伊勢だが、近年、二枚の煎餅の間に餡を挟んだ、最中饅頭なる菓子を売り出した。 といっても、最中饅頭は竹村伊勢の発案ではない。日本橋の菓子屋で出したのが始まりだが、そこは抜け目のない吉原の菓子屋のこと、良質な材料を使って本家より格段に旨い菓子を作り
2018年5月23日水曜日
2018年5月20日日曜日
短歌十五首「すずしろ」/ 風花千里
すずしろ 風花千里 哺乳瓶おもちやにしてゐる子を眺めつつくろぐろと太き眉ひく 祭太鼓に驚いて泣くきみとみいみいぜみがつむぐ輪唱 みづおちに酸ゆきが渦巻きゐたる日は昼月しろき羅 まとふ 亡き母の帯締めてみる夕刊に児童虐待の記事踊る日 生えかけの乳歯一本愛でながらうすき蓮根酢水にさらす けふの気分はまだらなブルーそれならば夕餉の皿にトマトを少し おもちや箱に月の光が寄り添ひし日より輪投げの輪が見当たらぬ
2018年5月17日木曜日
2018年5月12日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」03 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第三章 花魁の死 「うわぁー!」 どこかで、獣の咆哮のごとき、狂おしげなわめき声がした。 はっ。 髪を摑んで引きずり出されるように、菊乃は深い眠りから覚めた。 今、何時なのか。あたりは、まだ真っ暗だ。 「菊乃ぉ」 隣で寝ていた歌乃が、心細げな声を出す。歌乃はすでに布団の上に起き直っていた。 「なんだろ、今の? 喜助の声みたいだったけど」 喜助は行灯に油を差すために、深夜、各部屋を回っていた。
2018年5月6日日曜日
都々逸十首 / 風花銀次
都々逸十首 風花銀次 〽どうせ僕らは帰れやしない夜汽車は永 久 に夜の中 〽凛々しい顔ののつぺらぼうに一目惚れしてなぜ悪い 〽能はなくとも爪かくしますあたしや恋する猫娘 〽さいたは菊かふたりの仲か死んだ男が逢ひにくる 〽腹は割いたが介錯まだかはやく頼むと武者の霊 〽地縛霊などさつさとやめて憑いてゆきたいどこまでも 〽風がそよとも吹かない夜の髑髏が耳鳴りに悩む
2018年4月30日月曜日
2018年4月28日土曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」02 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第二章 ゆきに千鳥 「はい、お疲れさん」 綾錦がねぎらいの言葉を口にする。 丁子屋の居室に着いた綾錦の一行は、皆、一様にほっとした表情を浮かべていた。 他店の花魁と己が店の花魁との競演という、ただでさえ緊張を強いられる舞台。そこで主役の一人が倒れるというあの騒動。枡屋の座敷で、綾錦は朋輩を気遣い、芙蓉につきっきりだった。 それゆえ、綾錦についてきた振袖新造の初糸や、番頭新造の八橋の気の揉みようは、ひと通りではなかった。丁子屋に帰り着いた途端、どっと気が緩んだのは仕方のない話でもある。 二人の新造に比べると、菊乃はいたって元気だった。
2018年4月21日土曜日
2018年4月15日日曜日
小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」01 / 風花千里
蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章 風花千里
第一章 顔合わせ 初冬の空高く、蝶々雲が乱れ飛んでいる。 蝶々雲は強風の兆しというように、今日は風が強い。 妓楼、丁子屋の二階に干された手拭いや緋色の湯文字は、竿から逃れようとあちらこちらへ翻っていた。 しかし、洗濯物はきっちりと竿に留められている。逃散の望みがかなう見込みは、どう考えても薄かった。 菊乃は物干し場の隅に座り込み、ぼんやりと空を眺めていた。 この場所はいつも人気 がない。朝夕に洗濯物を抱えた下働きが出入りするくらいだ。時は昼の九つ半。花魁の朝飯の世話やお
2018年4月10日火曜日
短歌五首「拙歌戰士」/ 風花銀次
拙歌戰士 風花銀次 かつて赤提燈ありき甁子押し立てて砦となせし あはれ 赤心より申す「王樣ははだかだがあかはだかぢやないぢやないか」 ねぢる手の赤子がたらぬ、國難といはずんばずびずば(やめてけれ) あかほしの赤狩りなどとお戲れめさるな鷹匠が困つてござる 赤狩りの苛烈を極めそこここに嗚呼あかねさす赤い信女
2018年4月8日日曜日
独吟半歌仙「蝶々雲の巻」/ 風花千里
独吟半歌仙「蝶々雲の巻」 風花千里時代小説の中で使う予定で作った架空の半歌仙ですが、結局使用しませんでした。でも、その小説の予告っぽい感じにはなってるかも……。 ハレの日に入り乱るるや蝶々雲 書物問屋が虎落笛聞く 寄り添ひて童べのかく軽いびき 菓子箱の蓋開きっぱなし 早春の洲崎の砂を照らす月 いと掌に温しお江戸の水は
2018年3月31日土曜日
2018年3月25日日曜日
短編小説「花の雨」/ 風花千里
花の雨 風花千里 妙さんは公園の小道を歩いていました。手には白いつえ。事故で光を失って以来、いつも共に歩んでいます。 妙さんはベンチに腰をおろしました。シジュウカラやメジロのさえずりに耳をかたむけます。この公園は桜の名所です。休日の今日、園内はたくさんの人で賑わっていました。 二種類のリズムのちがう足音が近づいてきました。 「となりに座っていいですか」 女の人の声がしました。おちついた声の感じから、還暦をすぎた妙さんと同じくらいかもしれません。 「どうぞ」 妙さんは体をずらして席をあけました。こんでいるのでベンチをひとりじめするわけにはいきません。 「私は端でいいから、あなたはまん中へどうぞ」
2018年3月23日金曜日
俳句三十句「夢見具佐」/ 風花銀次
夢見具佐 風花銀次 きのふにも似ぬ戀びとや初櫻 二日三日そらをつかひて初櫻 はらみ句の遣ひどころや初櫻 初櫻きのふとけふのあり渡り 寢て起きてべた一面の櫻かな八分咲 よりかぶよりぶたの櫻哉 さくらさくらさくらひらかなのうれしさ 世の中は屁のつつぱりのさくら哉 世の中を屋臺崩しにさくら哉 いなせなる名なしをとこや伊勢櫻 斷倫や下戸まざりゐる花の下 よんどころなくて花みる理屈かな 孤閨をかこつごときもありぬ姥櫻 朝櫻咳いては韻を踏み損ね
2018年3月8日木曜日
短歌十首「銀の朝」/ 風花千里
銀の朝 風花千里 へその緒につながれしままの子を胸にりんごジュースで空腹満たす 産み終へてまどろむ中にさびいろの三葉虫と顔合はせけり 産着よりのぞく手足に触れしとき信じられたよ明日があること 春の足音察したきみが一心に吸ふおつぱいに紅梅咲 く 騒音と鴉の声で目覚めたるきみにもしばし銀の朝来る 息はづむ宅配便の兄さんに玄関先が微熱を醸す 過去の恋おもひて乳を含ませるまひるま蜂の羽音がゆらぐ
2018年2月22日木曜日
2018年2月21日水曜日
短編小説「ドラマチック・ポルノグラフィ」/ 風花千里
ドラマチック・ポルノグラフィ 風花千里 春になってそよ吹く風が頬をなでる頃になると、体の奥のほうからムズムズと何か目覚めるような気がするものでございます。 「ママー」 と、ベソをかきながらやってきたのは、1年後に競走馬になるツヨシという仔馬。ツヨシは良家のお坊ちゃまで、母馬は短距離を走らせたら日本一だったイブ。父はこれまた世界的に名の通った種馬のエートス。しかしこのツヨシ、お坊ちゃまの常でどうにも気の弱いところがありまして、今も隣の牧場の悪ガキ馬、ケン坊にいじめられて帰ってきたところでございます。 「ツヨシや、どうしたの?」 母イブは、ついひと月ほど前に生まれたツヨシの妹を遊ばせながら、精のつくクローバーの葉を食んでおりました。 「ケン坊のやつ、おめえの妹はおめえとおとうちゃんが違う、おかあちゃんが浮気したんだろっ
2018年2月20日火曜日
独吟歌仙「空蟬の巻」/ 風花銀次
独吟歌仙「空蟬の巻」 風花銀次四半世紀前の独吟歌仙が反古のなかから出てきた。初学の頃ゆゑ下手なのはいたしかたないが、いまだにちいとも上達してないのが問題だなあ。 空蟬や日に世をついで狂句生れ 脳しびるゝばかりおそなつ 船倉にマドロスしばしまどろみて 木曜島に驟雨過ぎにき 何を研ぎ澄ますべく照るけふの月 酒気帯びし身で秋韻を聴く
2018年2月11日日曜日
童話「ぼくとヤモリとイナズマじじい」/ 志野 樹
ぼくとヤモリとイナズマじじい 志野 樹 梅雨のあいまの気持ちよく晴れた日だった。気温が今年はじめて三十度をこえた。 ぼくは日がしずむまで遊びほうけていて、家に帰るのがすっかりおそくなってしまった。だから、明るい大通りではなく近道をえらんで帰ることにした。 「ん?」 足が止まった。白いへいでかこまれた大きな家の前だった。へいにはぼくの目の高さにゴルフボールほどの穴があいている。そこから何かがのぞいていた。 そっと近づいてみた。のぞいていたのはいっぴきのヤモリだった。小さい顔の
2018年2月5日月曜日
短歌十首「アイスキューブ」/ 風花千里
アイスキューブ 風花千里 かざぐるまかざして歩く臨月のゆくてに待てる螺旋階段 父となるひとが請ふ膝枕には三つの息遣ひが重なる 十月十日ふくろに揺られゆうらゆらしてゐたきみを起こすあはゆき わたくしがほころび始む予定日のアイスキューヴに観念凍る 雪しまく朝産院へ さしあたり期待と不安を肺葉に詰め あめつちの鼓動と一つになるわれをしづかに迎ふ分娩室は 呼気吸気まざりあひたる産室に輸液の細きチューブ蠢く
2018年1月31日水曜日
2018年1月27日土曜日
2018年1月21日日曜日
小説「五月は薄闇の内に─耕書堂奇談」(6)/ 風花千里
五月は薄闇の内に─耕書堂奇談 風花千里
第二話 冩樂の大首絵(後) 十九 でっ、どっ、でっ、どっ、と不貞腐れたような不規則な足音が階上から下りてきた。 ほどなく開け放した襖の先に、一九が立った。小遣い稼ぎの仕事に精魂を傾けていたからか、目が血走り、着物もあちこち着崩れている。 「突っ立ってねえで、入れよ」 京伝が値踏みをするような目をして一九を呼び入れた。 一九は少しだけ躊躇するような表情を浮かべたが、すぐにいつもの飄々としたとぼけ顔に戻り、京伝と蔦重の間へ来た。おどけた動作で、どかっと胡座を掻く。
2018年1月17日水曜日
短歌十首「花妖」/ 風花銀次
花妖 風花銀次 渴愛てふほどにあらねど西のかたに太白あふぐ身のふるへかな 花はまだ見ぬ夜のはての梅が枝に架かれる星を憂ふものかは 梅が香のなか步みきてたそがれにたたずむ汝 を花妖と思ふ しろたへの梅あざらけき夕べはもいづこも汝 の氣配に滿ちて 鶯のなみだ涸れはつかぎろひの春も夕べと言ひしひとはや ぬばたまのほどきし髮に夕東風を螺鈿のごとくちりばめてゐた 朧夜の寢物語に言ふらくはハートの女王の出自來歷
2018年1月11日木曜日
小説「五月は薄闇の内に─耕書堂奇談」(5)/ 風花千里
五月は薄闇の内に─耕書堂奇談 風花千里
第二話 冩樂の大首絵(中) 九 「あら、京伝さん。どうしたのさ、こんな時分に」 女房のお芳が小娘のような甘ったるい嬌声を上げた。 珍しく家族揃っての夕餉のさなか、洒落た絽の単を着こなした京伝が耕書堂の母屋の台所へ顔を出した。 改革のお触れで、庶民は木綿の着物しか認められなくなったが、京伝は夜になると、こっそり絹や絽の着物を身にまとい、外へ出る。 「どうしたって、お宅の主人が俺の家へ使いを寄越したんだよ」
2018年1月2日火曜日
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