しばしお待ちを...

2018年8月22日水曜日

詞句窯變 ― trans haiku 011 / 風花銀次譯


いろちがひの蜥蜴つるめり夏の夜

2018年8月19日日曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」10 / 風花千里

2018年8月12日日曜日

短編小説「毛抜き」/ 風花千里

毛抜き                  風花千里

 イラついているのは残暑のせいばかりではない。
 胃の奥にむかつきを感じながら、鏡台の引き出しから毛抜きを取り出す。ステンレス製のエロティックなまでに美しいラインを持つ毛抜き。それが、窓越しに入ってくる陽光を受けて妖しく光っている。
 イライラするときは毛を抜くに限る。眉、腕、脇……全身の毛が私の心を鎮めようとおとなしく待っている。穿いていたジーンズの裾をめくり上げる。今日は脛にしよう。毛抜きの先で脛の毛の根元をはさみ、毛の流れに逆らわずに引っぱる。ぷつ。わずかな手ごたえがある。毛抜きの先端部分に毛が一本、しっぽを掴まれたネズミのように捕らわれている。ぷつ。ぷつ……一本また一本。直径5センチほどの円上にある毛を抜き終えると、むかつきが少し収まった気がする。

2018年8月4日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」09 / 風花千里

2018年8月2日木曜日

短歌五首「羽化不全」/ 風花銀次

羽化不全          風花銀次

『朝顏の露の宮』讀み了へていざ出でむとするに猛暑警報
かかりあはざらむ、かかはりあらざらむ、戀人もひからびる街角
いきさつはともあれ雨後の舖道しきみちにみみず千匹のたうちまはる
颱風が近づくさなか雨音に負けじと蟬が鳴きつのるなり
羽化不全のをみなを悼みうたひけるひぐらしはかなかなかなかなし

2018年7月27日金曜日

短歌十首「夏の痕」/ 風花千里

夏の痕          風花千里

牛乳とほんの少しのいらだちが炭化してをり鍋のそこひに
猛毒が乳を介して溶けてゆくらし いかづちに傾ぐ樫の木
洗濯槽のぞきこむうち湧きあがる耳鳴りのどこかなつかしきかな
わたくしと初夏の風にくるまれて汗ばむきみは野芹のにほひ
わが唄ふわらべうたとらへむとして小さき耳は開くひるがほ
行水ののちに裸で転ぶ子に球根植物植ゑる日近し
瞬きのあはひに夜のほころびを見つけて泣いてゐる子のありき

2018年7月23日月曜日

短歌十首「酷暑見舞」/ 風花銀次

酷暑見舞          風花銀次

夜涼みに出れば川面をわたりくる風なまぐさし うつつの川の
くさい、うるさい、うるさい、くらい新月の夜の電車が家路を急ぐ
繁華街拔けむとするにをとこらが蒸れてこのうへもなく見苦し
エアーコンディショナーあはれビルヂングせなかあはせの路地裏をゆく
熱中症にて地上には出ざるまま死したる油蟬まん匹
遺棄された危險在來生物が、ほら、わたくしのなかの暗渠に
東京大虐殺あらむ 元號は知らねど庚子文月末とか

2018年7月21日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」08 / 風花千里

2018年7月12日木曜日

童話「かぶと森」/ 志野 樹

かぶと森          志野 樹

 幼稚園の夏休みです。シンはじいじの家に一人で泊まっていました。ママが乳がんという、おっぱいにおできのようなものができる病気で手術することになったからです。パパは会社が遠くなってしまうので、じいじの家には泊まれません。
 じいじは一人で暮らしていて、洗たく、そうじ、料理となんでもできました。
「森へ行ってみよう」
 じいじがそう言ったのは、シンが来た翌日のことでした。夜、ママを恋しがって泣いたシンは目がはれて真っ赤になっていました。
 森の中を歩くと、まだ日も高くないの

2018年7月10日火曜日

俳句十五句「琱蟲篆刻」/ 風花銀次

琱蟲篆刻          風花銀次

訃報屆くさきがけて初蝶來たり
蟻穴を出て人間じんかんに入りにけり
しみ〴〵と鼻高きかなしゞみ蝶
一蝶雄辯にてふ〳〵てふ〳〵と
豆 娘 いとゝんぼ生まれてはねのありどころ
草に花粉こぼして虻の聲さし
死刑実況聞かさる蠅に見られつゝ
蜉蝣や動詞的形容詞的
ぬきあしさしあし踵 行 蟲かゝとあるきかな
不完全變態少女夏深し
昏きより山繭蛾科の女かな
なゝふし死すといへど擬態しつぱなし
琱 蟲 てうちゆうは蟲に如かざり秋隣る
失戀未遂して鳴く蟲にいひおよぶ
深々しん〳〵と火蟻眠れり凍港

2018年7月7日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」07 / 風花千里

2018年6月27日水曜日

狂歌十首「新作かぶき『HINOMARU』序幕 奉安殿の場」/ 風花銀次

新作かぶき「HINOMARU」
  序幕 奉安殿の場      風花銀次


晝間だがかなかなの聲、下手しもてより男らがばらばらと登場あらはる
やや遠く切れ切れに玉音放送、日の本の暗挑だんまり
國民服の男其の一「日ッ本をたい崩しに致し候」
唄。〽千代に八千代になどと、契情けいせいの誠のはうがまことらしうて……
蟬の聲、鳴物みて三人の國民服ひとしく思ひ入れ
「翼贊の歌詠まざるは幸運に過ぎぬ」如何にもと宜しくこなし

2018年6月23日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」06 / 風花千里

2018年6月16日土曜日

短歌五首「半分、赤い」/ 風花銀次

半分、赤い        風花銀次

いはずもがなけふもたれかの忌日にて半分赤い墓域ありけり
茶房太白地階の奧で差し向かふ可塑的プラスチックな女友達
鞭ふるふときにもつとも美しき騎手が大映しのテレヴィジョン
實は曾我五郞ならねど助六といへるとと屋の閉店セール
みだりがはしくも付箋のあまたなる記紀 亡き父の書架にまします

2018年6月9日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」05 / 風花千里

2018年5月26日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」04 / 風花千里

2018年5月20日日曜日

短歌十五首「すずしろ」/ 風花千里

すずしろ         風花千里

哺乳瓶おもちやにしてゐる子を眺めつつくろぐろと太き眉ひく
祭太鼓に驚いて泣くきみとみいみいぜみがつむぐ輪唱
みづおちに酸ゆきが渦巻きゐたる日は昼月しろきうすものまとふ
亡き母の帯締めてみる夕刊に児童虐待の記事踊る日
生えかけの乳歯一本愛でながらうすき蓮根酢水にさらす
けふの気分はまだらなブルーそれならば夕餉の皿にトマトを少し
おもちや箱に月の光が寄り添ひし日より輪投げの輪が見当たらぬ

2018年5月17日木曜日

詞句窯變 ― trans haiku 010 / 風花銀次譯


Kumo no i ni nenju to mireba usuikana

蜘蛛の囲に念珠と見れば雨水かな

2018年5月12日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」03 / 風花千里

2018年5月6日日曜日

都々逸十首 / 風花銀次

都々逸十首        風花銀次

〽どうせ僕らは帰れやしない夜汽車はに夜の中
〽凛々しい顔ののつぺらぼうに一目惚れしてなぜ悪い
〽能はなくとも爪かくしますあたしや恋する猫娘
〽さいたは菊かふたりの仲か死んだ男が逢ひにくる
〽腹は割いたが介錯まだかはやく頼むと武者の霊
〽地縛霊などさつさとやめて憑いてゆきたいどこまでも
〽風がそよとも吹かない夜の髑髏が耳鳴りに悩む

2018年4月28日土曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」02 / 風花千里

2018年4月15日日曜日

小説「蝶々雲――かむろ菊乃の廓文章」01 / 風花千里

2018年4月10日火曜日

短歌五首「拙歌戰士」/ 風花銀次

拙歌戰士         風花銀次

かつて赤提燈ありき甁子押し立てて砦となせし あはれ
赤心より申す「王樣ははだかだがあかはだかぢやないぢやないか」
ねぢる手の赤子がたらぬ、國難といはずんばずびずば(やめてけれ)
あかほしの赤狩りなどとお戲れめさるな鷹匠が困つてござる
赤狩りの苛烈を極めそこここに嗚呼あかねさす赤い信女

2018年4月8日日曜日

独吟半歌仙「蝶々雲の巻」/ 風花千里


独吟半歌仙「蝶々雲の巻」
            風花千里

 
時代小説の中で使う予定で作った架空の半歌仙ですが、結局使用しませんでした。でも、その小説の予告っぽい感じにはなってるかも……。
 
 
ハレの日に入り乱るるや蝶々雲

 書物問屋が虎落笛聞く

寄り添ひて童べのかく軽いびき

 菓子箱の蓋開きっぱなし

早春の洲崎の砂を照らす月

 いと掌に温しお江戸の水は

2018年3月25日日曜日

短編小説「花の雨」/ 風花千里

花の雨              風花千里

 妙さんは公園の小道を歩いていました。手には白いつえ。事故で光を失って以来、いつも共に歩んでいます。
 妙さんはベンチに腰をおろしました。シジュウカラやメジロのさえずりに耳をかたむけます。この公園は桜の名所です。休日の今日、園内はたくさんの人で賑わっていました。
 二種類のリズムのちがう足音が近づいてきました。
「となりに座っていいですか」
 女の人の声がしました。おちついた声の感じから、還暦をすぎた妙さんと同じくらいかもしれません。
「どうぞ」
 妙さんは体をずらして席をあけました。こんでいるのでベンチをひとりじめするわけにはいきません。
「私は端でいいから、あなたはまん中へどうぞ」

2018年3月23日金曜日

俳句三十句「夢見具佐」/ 風花銀次

夢見具佐          風花銀次

きのふにも似ぬ戀びとや初櫻
二日三日そらをつかひて初櫻
はらみ句の遣ひどころや初櫻
初櫻きのふとけふのあり渡り
寢て起きてべた一面の櫻かな
八分咲おいちよよりかぶよりぶたの櫻哉
さくらさくらさくらひらかなのうれしさ
世の中は屁のつつぱりのさくら哉
世の中を屋臺崩しにさくら哉
いなせなる名なしをとこや伊勢櫻
斷倫や下戸まざりゐる花の下
よんどころなくて花みる理屈かな
孤閨をかこつごときもありぬ姥櫻
朝櫻咳いては韻を踏み損ね

2018年3月8日木曜日

短歌十首「銀の朝」/ 風花千里

銀の朝         風花千里

へその緒につながれしままの子を胸にりんごジュースで空腹満たす
産み終へてまどろむ中にさびいろの三葉虫と顔合はせけり
産着よりのぞく手足に触れしとき信じられたよ明日があること
春の足音察したきみが一心に吸ふおつぱいに紅梅ひらく
騒音と鴉の声で目覚めたるきみにもしばし銀の朝来る
息はづむ宅配便の兄さんに玄関先が微熱を醸す
過去の恋おもひて乳を含ませるまひるま蜂の羽音がゆらぐ

2018年2月21日水曜日

短編小説「ドラマチック・ポルノグラフィ」/ 風花千里

ドラマチック・ポルノグラフィ   風花千里

 春になってそよ吹く風が頬をなでる頃になると、体の奥のほうからムズムズと何か目覚めるような気がするものでございます。
「ママー」
 と、ベソをかきながらやってきたのは、1年後に競走馬になるツヨシという仔馬。ツヨシは良家のお坊ちゃまで、母馬は短距離を走らせたら日本一だったイブ。父はこれまた世界的に名の通った種馬のエートス。しかしこのツヨシ、お坊ちゃまの常でどうにも気の弱いところがありまして、今も隣の牧場の悪ガキ馬、ケン坊にいじめられて帰ってきたところでございます。
「ツヨシや、どうしたの?」
 母イブは、ついひと月ほど前に生まれたツヨシの妹を遊ばせながら、精のつくクローバーの葉を食んでおりました。
「ケン坊のやつ、おめえの妹はおめえとおとうちゃんが違う、おかあちゃんが浮気したんだろっ

2018年2月20日火曜日

独吟歌仙「空蟬の巻」/ 風花銀次


独吟歌仙「空蟬の巻」
            風花銀次

 
四半世紀前の独吟歌仙が反古のなかから出てきた。初学の頃ゆゑ下手なのはいたしかたないが、いまだにちいとも上達してないのが問題だなあ。
 
 
 
空蟬や日に世をついで狂句生れ
 
 脳しびるゝばかりおそなつ
 
船倉にマドロスしばしまどろみて
 
 木曜島に驟雨過ぎにき
 
何を研ぎ澄ますべく照るけふの月
 
 酒気帯びし身で秋韻を聴く

2018年2月11日日曜日

童話「ぼくとヤモリとイナズマじじい」/ 志野 樹

ぼくとヤモリとイナズマじじい 志野 樹

 梅雨のあいまの気持ちよく晴れた日だった。気温が今年はじめて三十度をこえた。
 ぼくは日がしずむまで遊びほうけていて、家に帰るのがすっかりおそくなってしまった。だから、明るい大通りではなく近道をえらんで帰ることにした。
「ん?」
 足が止まった。白いへいでかこまれた大きな家の前だった。へいにはぼくの目の高さにゴルフボールほどの穴があいている。そこから何かがのぞいていた。
 そっと近づいてみた。のぞいていたのはいっぴきのヤモリだった。小さい顔の

2018年2月5日月曜日

短歌十首「アイスキューブ」/ 風花千里

アイスキューブ      風花千里

かざぐるまかざして歩く臨月のゆくてに待てる螺旋階段
父となるひとが請ふ膝枕には三つの息遣ひが重なる
十月十日ふくろに揺られゆうらゆらしてゐたきみを起こすあはゆき
わたくしがほころび始む予定日のアイスキューヴに観念凍る
雪しまく朝産院へ さしあたり期待と不安を肺葉に詰め
あめつちの鼓動と一つになるわれをしづかに迎ふ分娩室は
呼気吸気まざりあひたる産室に輸液の細きチューブ蠢く

2018年1月21日日曜日

小説「五月は薄闇の内に─耕書堂奇談」(6)/ 風花千里

2018年1月17日水曜日

短歌十首「花妖」/ 風花銀次

花妖           風花銀次

渴愛てふほどにあらねど西のかたに太白あふぐ身のふるへかな
花はまだ見ぬ夜のはての梅が枝に架かれる星を憂ふものかは
梅が香のなか步みきてたそがれにたたずむなれを花妖と思ふ
しろたへの梅あざらけき夕べはもいづこもなれの氣配に滿ちて
鶯のなみだ涸れはつかぎろひの春も夕べと言ひしひとはや
ぬばたまのほどきし髮に夕東風を螺鈿のごとくちりばめてゐた
朧夜の寢物語に言ふらくはハートの女王の出自來歷

2018年1月11日木曜日

小説「五月は薄闇の内に─耕書堂奇談」(5)/ 風花千里