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2012年9月19日水曜日

蟲雙紙 001 「春は…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈一〉        風花銀次

春は菜の花。こがね色のなみうつひまの葉がくれに、紅 娘 てんたうむしの、うしろよりひよどりごえのしかたでしかけたる。
夏ははす。花はまだなれど、しのぶる鯉の浮き葉をゆりうごかすもをかし。となめせし豆娘いととんぼとまりて、かげもハート型なるはさらなり。
秋はいろいろの草こきまぜたるなかに鳴く蟲うたひつのりて相聞のごとしとおもほえど返歌なし。
冬は小楢。うらがれのこずゑに參星みつぼしかかりて、風花するとみれば、妻を求めて飛びまどふ冬尺蛾ふゆしやく。妻に翅なしとぞ、あはれ。
 えー、いいことをしてるときの天道虫の持続時間は一回につき約二時間ほどだそうで、それを日がな一日何度も何度も繰り返すとのことですが、だからといって絶倫というには当たりません。「倫」てのは「仲間」の意なので、絶倫とは群を抜いて優れているということになります(てなわけで「男なら絶倫で女なら淫乱なのか」と女性が怒る仕儀と相成ります)。 しかし、天道虫の仲間はみんなそんなものですからね。春だけでなく秋にも励みます。
 初夏、池の水面を覆う蓮の青々とした新しい浮き葉を鯉や亀が揺り動かしたり、鷺の仲間のよしが葉の上を歩きまわったり、虻や蜂が超撥水の葉の上をころころところがる大きな水滴のまわりを飛び回ったり水を飲んだりするのは、見ていてたいへん楽しい。連結した糸蜻蛉は、細く長く柔らかい腹部がきれいなハート型になり、同様の影を葉の上に落とします。真っ赤な紅糸蜻蛉のハートはことにかわいい。
 虫が鳴くのは、基本的に、というか多くの場合求愛行動ですから、相聞や歌垣のようだってのは、そのまんまといえばそのまんまで、ただし雄だけが鳴き、雌には発音器官がないのでお返事はありません。しかしながら彼と彼女にしかわからないやり方で、きっと睦言を交わしてるに違いなく、どんなんだか聞いてみたいと思うんだが、なにしろ奥ゆかしいので教えてくれたためしは一度もない。秋の虫が鳴き始めると日に日に涼しくなっていきますが、都心部では外来種で樹上棲の青松虫がやかましいほどで、いつまでたっても暑苦しい。もちろん彼らが悪いわけじゃあないけどね。
 冬に羽化し繁殖する鱗翅目の昆虫でファンも多い、いわゆる蛾ですが、「冬尺蛾」と書いて最後の一文字は読まず「ふゆしゃく」てのがお作法。同様のお作法はほかにも多々あるが、ここでいちいち詳らかにしない。そんで冬尺蛾の雌は翅が退化しているので、まあ昔風の言い方をすれば「飛べない女」というわけだけれど、誘引化学物質すなわち性フェロモンを頼りに雄が探し当て訪ねてくれるので、あわれ、てこともなさそうだね。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    春は菜の花がいいわ。金色の海みたいで、近くに行くと葉のかげに隠れてテントウムシがわんちゃんスタイルでいたしてるの。
    夏は蓮ね。それも花はまだ咲いていない初夏のころ、コイがこっそり浮き葉を揺り動かすのがおもしろいわ。つるんだイトトンボが葉っぱにとまると影もハート型でかわいいの。
    秋はいろいろな草が茂っているなかでいろいろな虫がラブソングを歌ってるみたいなんだけどお返事って聞いたことないわね。
    冬はコナラの木。葉が落ちた枝にオリオン座がかかってて「風花かしら」と思うと、メスをさがして飛び回るフユシャクのオス。でもメスには翅がないんですって。かわいそうね。

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