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2012年10月31日水曜日

蟲雙紙 007 「思はん子を…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈七〉        風花銀次

思はん子を蟲屋になしたらんこそは、いと心苦しけれ。道をはづれたるよと思はるるこそ、いといとほしけれ。採卵し孵化したるさき蟲を、草を刈り木の葉をつみて食はしめ、兩用の便宜を圖り、かひがひしく世話して、ぷりぷりに太りたるがやうやう蛹になりて羽化したるを翅のいたまぬうちにあやめ展翅したれば、なさけなからずいふ。まいて、甲蟲屋などはいと苦しげなめり。展脚すれば「針山地獄に落ちたるごとし」などもどかる。いとところせく、いかにおぼゆらむ。
これは昔のことならず。今もかくのごとし。 はい、虫屋なんて申します。
 古くは虫籠のことをいいましたが、今では採集や標本作製などに精を出す昆虫愛好者のことをいいます。この虫屋てものは、肩身の狭い思いをしていることが多く、きもい、なんて思われてもどうってことないんですが、自然破壊や無益の殺生をする人皮畜のようにいわれたりもいたします。
 自然破壊で虫がいなくなって、いちばん困っちまうのは虫屋自身なんで、そんなことをするはずもなく、まったく当たらない批判なんだけどね。
 それに、昆虫学に新しい知見をもたらしているのは、多くはアマチュアの昆虫愛好者、つまり虫屋だってのは、生物学者の池田清彦さんも繰り返しいってるとおり。
 あたしは採集も標本作製もやめちまいましたが、ただ単に標本をちゃんと管理できないからで、命の大切さがわかったから、なんて理由ではございません。しかし、昆虫採集も昆虫標本の作製も命の手触りのようなものがわかるのは結構なことで、子供は大いにやったがよいと思う次第。
 小学校の先生方やおっかさん方、けっしてね、横逆非道や悪逆無道ではありゃしないんだよ。
 少なくとも虫屋は、放射能を撒き散らして数多の生物を大量に、かつに殺戮したり傷つけるようなことはしやしない。
 ちゃあんと、殺すつもりで殺してますよ。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    もし、かわいく思っている子がいて、その子を虫屋にしているとしたら、とてもいたいたしいことね。昆虫採集なんて殺生をして、人の道を踏み外してると思われるのは、ほんとに気の毒だわ。野山で採ってきた卵から孵った小さな幼虫のために、食草や食樹をあつめて食べさせたり、うんちやおしっこの世話をしたりして、ぷりぷりに太ったイモムシがようやく蛹になって羽化するんだけど、それを翅が傷まないうちに殺して展翅すればなげかわしいなんていわれてしまう。まして甲虫屋なんてとても苦しそう。展脚すると「針山地獄のようだ」なんて非難されて、居心地が悪い世間を、どんなにつらく思ってるでしょう。
    これは昔のことではなくて、今もこのとおりなのよ。

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