五月は薄闇の内に─耕書堂奇談 風花千里
第二話 冩樂の大首絵(前) 一 寛政六年五月二十日(一七九四年六月十七日)の朝。 蔦重は、店の二階へ通じる階段を上っていた。四股を踏む力士のごとき大袈裟な足音が、蔦重の今の心情を如実に物語っている。 五月も終わりに近づいていた。梅雨はいまだ明ける様子がない。嫉妬深い女の繰り言のような雨が、連日連夜じとじと降る。 しかし昨日、久しぶりに雨が上がった。今朝は空がくっきりと晴れ上がり、庭の木々に強い陽射しが照りつけている。 「まだ、寝てやがんのか」
2017年12月31日日曜日
2017年12月23日土曜日
2017年12月21日木曜日
短歌十首「風を結んで」/ 風花千里
風を結んで 風花千里 眠りが人を透いてゆくころ冷やされし醗酵乳が分離はじめぬ 反りかへりあゆむ妊婦の脊椎の***にしばし木枯し憩ふ 父といふ危きものよ つやめきし卵黄に血のまじりてゐたる 児が握る磁石に砂鉄群がりて 精子銀行の精子のゆくへ 午後五時の公園 母の帰り待つ少女のつゆけき睫毛が深し 残飯に群がりつつく鳩たちの羽に夕陽がゆるびつつある 朝光を吸つてふくらむ主のなき金魚鉢なり 未来を映す
2017年12月11日月曜日
短編小説「マンホール」/ 風花千里
マンホール 風花千里 人生には一度や二度大きな決断をしなければならない時がある。だが心を決めたからといって、それが未来の幸福に続いているとは限らない。 もののはずみで俺は人を殺した。夜の繁華街、通報を受けすぐに警察がきた。 捕まりたくなかった。仕事も色恋も順風満帆の三十年、出会い頭に衝突したようなアクシデントで、この先何年も棒に振るのは絶対に嫌だった。 俺は逃げた。しかし警察は執拗に追ってくる。もうだめだと観念したとき、足下に月光に照らされたマンホールが浮かび上がった。8の字を横にしたようなマークがついている。蓋に手をかけると案外簡単にずらすことができた。 目をつぶって飛び込んだ。滞空時間は思いの外長く、落ちながら蓋を閉め忘れたことを思い出した。
2017年12月7日木曜日
童話「ピエロ」/ 志野 樹
ピエロ 志野 樹 むかし、ある街にサーカスがきました。 ゾウやトラ、犬やアヒルなどたくさんの動物とともに、猛獣つかいの男や空中ブランコのお姉さんたちもやってきました。 その中にひとり、浮かない顔をしている者がありました。 ピエロです。ピエロは顔を白く塗り、真っ赤な丸い鼻をつけ、両目の下に一つずつ涙のしずくを描いています。踊ったりおどけたりして、トラの輪くぐりや玉乗りの合間にお客さんを笑わせることを仕事としていました。 ピエロは今朝、サーカスの団長からこ
2017年12月1日金曜日
短歌五首「瑕瑾」/ 風花銀次
瑕瑾 風花銀次 二十一世紀中葉落下傘候補がゆよーんゆやゆよーん 老若の耳が順ふそよかぜのなかにかすかな異臭ありけり 刎頸の朋が頸刎ねさせてくれない トモダチをやめちまはうか 皇帝ダリアの饂飩粉病はさておいて「この道しかない」のだから、いくさ 玉に暇ありと空目をしたりける美丈夫の小野君は元気か?
登録:
投稿 (Atom)