ドラマチック・ポルノグラフィ 風花千里 春になってそよ吹く風が頬をなでる頃になると、体の奥のほうからムズムズと何か目覚めるような気がするものでございます。 「ママー」 と、ベソをかきながらやってきたのは、1年後に競走馬になるツヨシという仔馬。ツヨシは良家のお坊ちゃまで、母馬は短距離を走らせたら日本一だったイブ。父はこれまた世界的に名の通った種馬のエートス。しかしこのツヨシ、お坊ちゃまの常でどうにも気の弱いところがありまして、今も隣の牧場の悪ガキ馬、ケン坊にいじめられて帰ってきたところでございます。 「ツヨシや、どうしたの?」 母イブは、ついひと月ほど前に生まれたツヨシの妹を遊ばせながら、精のつくクローバーの葉を食んでおりました。 「ケン坊のやつ、おめえの妹はおめえとおとうちゃんが違う、おかあちゃんが浮気したんだろって言うんだ。ねえ、ママとパパは愛し合っているんじゃなかったの?」 「あっあら、何言ってるの。当たり前でしょ」 軽くいなしたものの、イブは明らかに狼狽しておりまして。そりゃそうでしょ。競走馬は強い馬をつくるためだけに交配されるから、よりよい種を持った牡馬は一夫多妻、ハーレム状態なんであります。父が同じ子どもなんてのは何百頭といるわけで、兄弟というのは母馬が同じ子どもだけを言うんでございます。 しかし、ツヨシが可愛くて仕方ないイブ、愛のなんのとぬかす青臭い息子の想いを無視するわけにはいきません。良血で頭が良いっていうのも考えものね、それにしても愛っていったいなんなのかしら、なんて独りごちて想いを巡らせております。 そういえば、競馬場のパドックで、周りの人間が手にしていたスポーツ新聞に載ってたあれ、素っ裸のオトコとオンナが抱き合って……。雰囲気からして人間の交尾じゃないかと思うんだけど、馬や牛と全然違う。あれが愛のある交尾ってものなのかしら。 でも、ワタシったら初めて見る人間の交尾になんだか興奮しちゃったのよね。そしたら後ろを歩いていた牡馬の鼻息が荒くなって、ワタシの背にのしかかってきたんだっけ。ワタシまだ生娘だったから、その時の驚きといったらなかったわ。思わずそいつのむなぐらを蹴り飛ばしちゃった。 イブがあれこれと回想していると、遠くのほうから牧場主がやってくるのが見えます。 だけどああやって年中発情しているわりには、人間って子どもが少ないわよね。うちの牧場主さんとこだって、一人っ子。それも愛ってもののせいなのかしら。 「おーい、そろそろ種付けに行くぞ。お相手はエートスだ。来年もいい仔を産んでくれよ」 牧場主は、イブに次の交配をさせるため、呼びにきたのであります。 「ママ、パパに会いに行くんだ。やっぱりママとパパは愛し合っていたんだね」 ツヨシの喜ぶことといったら、全速力でそこらじゅうを跳ね回り、あやうく柵に激突しそうになる始末。 「それじゃ、行ってくるわね。ツヨシ、おりこうにしてるのよ」 と、可愛いわが子をたしなめながら、イブはその豊満なお尻を一振りし、次のひと言を飲み込んだのでした。 今日はケン坊のお母さんも一緒なのよ
2018年2月21日水曜日
短編小説「ドラマチック・ポルノグラフィ」/ 風花千里
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