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2013年1月30日水曜日

蟲雙紙 020 「にくきもの…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈二十〉       風花銀次

にくきもの いそぐ事あるをりにきてとびまはるてふてふ。あなづりやすきてふならば、「今度」とてもやりつべけれど、さすがにうらめづらしきてふ、いとにくくむつかし。長押につととまりたる。また、とびたちて、ゆくかとおもへばおなじところにもどりたる。

 あたしが家族と住んでるマンション――なんていい方をすると、ほかの人と住んでる別宅があるみたいですが、そんなめんどくさいものはありゃしません――のエントランスホールには、しばしば野鳥が迷い込み出られなくなってたりします。
 なぜか、そんな場面に出くわすのはお散歩のときでなく、口に糊するための出勤のときばかり。じたばた飛び回りガラスに激突したりなど、お気の毒なので、そっと手づかみで捕まえ、外に放してやります。あんなゆっくりな動きでよく捕まえられるもんだと見てた人から言われたことがありますが、どのみち鳥より速くなんて動けないし、勢い余ってけがさせちゃあ、それこそかわいそうなんで、鳥の動きを予想しつつゆっくり動くわけです。
 といっても、女の気持ちがわかんない以上に鳥の気持ちはわかんないね。
 よく迷い込むのは白鶺鴒はくせきれい四十雀しじゅうから山雀やまがらつぐみなど。かみさんは都会育ちなんで、そんなに間近で野鳥を見たこともなかろうと、手に鳥を持ったままわが家へ取って返し「ほら、見て」と見せたあとに放すんですが、なんなんだ、あたしゃ猫か……。
 いやいや、猫が獲物を見せにくんのは、飼い主のことを子供に見立てて狩りの仕方を教えようとしてるんだそうで、あたしゃ、別にかみさんに鳥の捕まえ方を教えたいわけじゃない。素手で鳥を捕まえられる女てなあ、それはそれでかっこいいけどね。
 エントランスには鳥ばかりでなく虫も迷い込みます。住宅街なんで珍虫奇虫てことはまずなく、ありふれた、いわゆる普通種ばかりですが、そんでもその年のお初だとたいへんよろこばしく、つい小躍りしちまいます。この小躍りてものは御祝儀舞のようなものでひとくさりやりますから、仕事や約束の時間には遅れちまいます。遅れちまったらしょうがない、言い訳すんなあ男らしくないんで正直に理由を話しますと、わかっちゃもらえないが諦めてもらえるんでありがたい。
 さて、よく迷い込む虫は鳳蝶あげは鳳蝶あげはあお条鳳蝶すじあげは紋白蝶もんしろちょう大和やまと一文字いちもんじ挵蝶せせり前赤透野螟蛾まえあかすかしのめいが螟蛾めいが星蜂雀蛾ほしほうじゃく大透おおすかしば紋黒天社蛾もんくろしゃちほこ黒歯車枝尺蛾くろはぐるまえだしゃく鉤翅かぎば青尺蛾あおしゃく茶毒蛾ちゃどくが、種名のわからない蛾類多数、塩辛蜻しおからとんぼ蜻蛉とんぼ大和やまと草蜉蝣くさかげろう負蝗虫おんぶばった大蟷螂おおかまきり腹広蟷螂はらびろかまきり小蟷螂こかまきり錆木樵さびきこり瘤丸金こぶまるこ、天道虫各種など。竹節虫ななふしがむだな擬態をしていたり、爬虫類だが守宮やもりもよくいるね。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    にくらしいもの。急ぎの用事があるときにきて飛び回る蝶。どうってことのない蝶なら「またね」って、追い払うこともあるけど、さすがに心惹かれる蝶だと、そんなわけにもいかないわ。長押にちょっととまってるの。飛び立って、いっちゃうのかなと思ったら、また同じところに戻ってくるの。もう、急いでるのに!

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