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2013年1月16日水曜日

蟲雙紙 018 「蟲の國より…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈十八〉       風花銀次

蟲の國よりおこせたる文に文字なし。文字なくてなんの文かと思ふらめども、されどそれはゆかしき情などつづられ、子は亡き親を偲べばよし。さて子のためにわざと淸げに卷きたる文を、いとかたく卷かむに、目をかすめ盜むものありて、やがて親にもにぬぬすびとの子のよろこびぞめきたる、いとわびしくすさまじ。

 虫が書くお手紙てなあどんなもんでしょう。お手紙を書く虫としちゃあ、やっぱり落文おとしぶみなんかがまず思い浮かぶんでしょうか。
 落文なんて、いっしょくたに申してますが、世界で約一〇〇〇種、日本だけなら約三〇種いるそうです。
 そんで、お手紙に見立てられるしろものは、幼虫の食糧兼住居で、ふつうは揺籃て言い方をいたします。
 この揺籃のなかで蛹化、羽化までするわけで、お手紙とはいえ「まだ見ぬ子供たちへ」といったような、人間ごときが考える陳腐なしろものでなく、もっと合理的なしろものてことになります。
 子供が飢えないように食樹の葉っぱをくるくる巻いた揺籃の中に産卵するわけですが、なにしろちょっとやそっとじゃほどけないように、きっちりかっちり巻き上げる様子は、やれけなげだの、母性愛がどうのといわれたりします。でもね、おとっつぁんだってなにもしてないわけじゃない。近くで見守ってたりするんです。種によってはね。まあ、見てるだけですけども。見てるだけですが、怠け者だあ、なんて文句いわれる筋合いはさらさらない。他人が一所懸命こさえた揺籃にこそっと卵を産んじゃうおっかつぁんだっているからね。はい、もちろん種によります。そのような種では自分で揺籃をこさえることはありません。葉裏に産みつけておしまいてのもいます。
 さらに落文の卵を選んで寄生する蜂もいて、そんなかでも揺籃忍 卵 蜂ゆりかごしのびたまごばちなんてのは宿主がどの落文でもお構いなしという極悪の信書開封罪常習犯さ。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    虫の国のお手紙には文字なんてないの。文字がないのに手紙だなんてへんでしょうけど、そこには親の子に対する気持ちが綴られているので、子は親の恩をありがたく思えばいいのよ。子のために、とてもきれいに巻いたお手紙は、とてもかたく巻かれてあるのに、目をかすめて盗む者がいて、やがてお手紙を巻いた親とは似ても似つかない盗人の子が喜び騒ぐの。とてもとても興ざめなことだわ。

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