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2013年2月18日月曜日

短歌&随想「船霞星」/ 齋藤幹夫

船霞星 -やほよろづの星々-    齋藤幹夫

神々も挑みたりけむはるかなる沖の霞よ さらば星船

 全天で最も大きい星座は海蛇座。春の代表的な星座で、獅子座の足元にその巨體をうねらせてゐる。頭を地上に見せ始めその全體が天を這ふやうになるまでには凡そ十時閒程掛る。この海蛇座が全天一位を獲得したのは今から三百六十年程前のこと。それまではアルゴ座が全天一位の座に君臨してゐた。その大きさは海蛇座の一・四五倍。  アルゴ座は希臘神話の「アルゴ號冒險譚」に由來する。ハリーハウゼンの特撮映畫『アルゴ探檢隊の大冒險』はこの神話を原作として制作され、私の好きな映畫の一本であるが、希臘神話の方も胸を躍らしめる壯大さがある。現在全天の星座の數は八十八。その八十八星座の中にアルゴ座といふ星座は無い。八十八星座のルーツは紀元前のメソポタミア地方にまで遡り、基本は二世紀の古代羅馬の天文學者プトレマエウスが四十八星座を定めたことによる。その四十八星座は北半球で見られる星座ばかりで、十五世紀から始まる大航海時代に伴い、南半球の星座も誕生し、徐徐に星座の數も增してくる。その過程において南半球星座硏究の第一人者である佛蘭西の天文學者ラカイユがあまりにも巨大すぎるアルゴ座を帆座・艫座・羅針盤座・龍骨座の四つに分割した。  それ以降も天文學者達が擧つて星座を作り出すやうになり、全天に星座が亂立し混亂を來す。なかには重複するもの、星と星を曲線で結び一星座として名前を付けられた物まで出て來る始末。その數は百三十程にも及び、この混亂を收拾するべく國際天文學連合が動き、一九三一年に現在の八十八星座が確定されるが、その際にもアルゴ座は分割されたままになり、再び全天を航海することはなかつた。神々の大航海時代の名殘の船の星座を解體したのは、皮肉にも人閒の大航海時代によるものであつた。そして、そのアルゴ船の乘組員であつたヘラクレスに斃された海蛇が、我物顏で現代の全天一の星座としてのたくつてゐる。  アルゴ座は星そのものが無くなつた譯ではないから、知つている者ならば巨大な姿を認識することは出來る。しかしその姿は日本からは視えない。そもそも南半球の星座で、日本から視えるのは龍骨座以外の三つ。それもかなりの條件が整つたうへでないと難しく、視られたとしても地平に沈沒しかけた星船では興醒めである。日本で巨大なアルゴ座を少しでも體感したいと思ふならば、南半球の星座の番組の時のプラネタリウムしかなからう。アルゴ座の段になれば『ツァラトゥストラはかく語りき』あたりが懸かり、プラネタリウムでは寢てしまつて、といふ方も大槪目が覺めてしまふから大丈夫。寢てゐた部分は無料配布のパンフレットを精讀して補はう。そしてかう言へば好い。いつかは南半球の星座を肉眼で觀てみたいものだ、と。かく云ふ私もそのひとり。

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