しばしお待ちを...

2013年2月20日水曜日

蟲雙紙 023 「こころゆくもの…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈二十三〉      風花銀次

こころゆくもの くはしくかいたる昆蟲圖譜の、蟲に影なかりける。夏山へのゆくさに、さきこぼれて、をのこどもいとおほく、蟲よくとる者の網ふりたる。しろくきよげなる捕蟲網に、いといと小さき蟲をとるべく花をすくへば、花天牛はなかみきり入りたる。花天牛に、すこしまざりたる。ものよくいふ蟲屋ゐて、ひとのとりたる蟲の、種の同定したる。谷におりて飮む水。
つれづれなる折に、いとあまりめづらしうもあらぬ盜蛾とりがの來て、世の中の物がたり、此の頃あることの、をかしきも、にくきも、あやしきも、これかれにかかりて、おぼろげにても思ひいだせと、渦をゑがいて舞ひける、いと心ゆく心地す。
神、寺などに詣でて、蟲さがしたるに、寺は法師蟬、社は樣蝗蟲さまばつたなどの、くらからずさはやかに眉ひとつ動かさざる風情にてありけり。

 虫を追っかけまわしてた子供のころのことを思い出すと、じりじり照りつける太陽や木々の間を吹き抜けてくる風、草いきれ、土のにおい、手の中の小さな虫の思いがけない力強さなど、五感のさまざまが鮮明によみがえるんですが、なんでだか、その世界には影てものがない。へんですね。照りつける太陽や木漏れ日が鮮明に思い出されるのに影がないてのもおかしな話だと、あたし自身思います。そんでも、そのとおりなんだからしょうがない。ちょうど熊田千佳慕さんが描いた細密な昆虫画のような世界です。
 ところで熊田千佳慕さんのことをプチファーブルなんていうなあ失敬じゃないかしら、と思うのはあたしだけでしょうか。もちろんファーブルおじさんのことは大好きなんですが、くまちかおじさんのことも大好きなので、千佳慕はファーブルのばったもんじゃないぞ、と思う次第です。
 はい、蝗虫も大好きです。
 禰宜様蝗虫てのは栃木の那須地方での呼び方で、標準和名は精霊飛蝗。方言名には特徴をとらえて美事な命名が多いね。

0 件のコメント:

コメントを投稿