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2013年3月15日金曜日

短歌&随想「角曖星」/ 齋藤幹夫

角曖星 -やほよろづの星々-  齋藤幹夫

生娘きむすめみ桃やくらむをとこなどつのひとつゆいみじきけもの

 魔法や妖精が出て來て、血みどろや殘虐な死の描寫の無く、大人が子供に見せられる物が「ファンタジー」として大衆にも認知されてゐる向きが多いにある。反面「ダーク・ファンタジー」なんて言葉もあつたりで「ファンタジー」といふ物が至極曖昧な定義であるから、私はこの言葉が大嫌ひ。そのファンタジー物の中で、一角獸ユニコ|ンは小説や漫畫、ゲエムの世界の西洋龍ドラゴン天馬ペガサスと竝び重寶され大衆の認知度も高い。  大衆が抱く一角獸像は額に鋭く長い角を持つ白馬だが、それが定着するまではこれまた曖昧で、物によつては馬に似てゐたり鹿に似てゐたり、翼があつたり。そもそもが幻獸だから基本的には馬や鹿みたいな四肢動物で額邊りから角を一本あれば、後は表現者にお任せといつたところ。また、白馬の容姿やファンタジーなる言葉から素敵なイメージを大方の者が抱いてゐるが實は獰猛で、爺や野郞や餓鬼や砂利、非處女にはその角を向け、生娘に抱かれた時のみ大人しくなる物だとはあまり知らない。ユニコーンの御守りなんかがあるらしく、男には如何なる御利益があるのやら。女性の方は買ふ前にわが身と相談するのが宜しいかと。  一角獸の名を持つ星座があり、冬の大三角の眞ん中にあるので位置は解り易いが、星座を形成する星星の中で最も明るいα星でさへ三・九四等であるから非常に見え辛く、その獰猛さには遠く及ばず、大好きな「處女」座からも遠い位置にあるから拗ねてゐるやう。形は一角獸を想起させるには嚴しいものがある。比較的新しい星座で獨逸の天文學者バルチウスの設定とされるが、それ以前の天球圖にあつた等と云はれたりもして、本家同樣色色と曖昧な存在である。胸元には散開星團があり、此方は星のよく見える地でならば一寸した望遠鏡でも星星の寄合が見え、そこには銀漢も橫たはつてゐて充分に樂しませてくれる。  他にも散光星雲の薔薇星雲があり、此方の方を知つてゐる人も多からう。肉眼では見えないが、その姿はをとめの血が宇宙空閒に滲みつつ廣がりながら咲いてゐるやうだ。  一角獸の角は解毒作用があるとか。維納の王宮寶物博物館にはその角が展示してあるさうだが實は海獸一角の角らしい。中世歐羅巴では海獸一角の角を一角獸ユニコ|ンの物として商賣する者もゐたといふ。穢れを知らぬ生娘を囮にし捕らえましたるユニコーンの角、なんて口上で賣られてゐたかどうか何處をどう調べても出ては來ないが、果たして肉も賣られてゐたのだらうか。櫻肉ならぬ「桃肉」等と稱して、一度口にしてみたい。

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