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2013年3月6日水曜日

蟲雙紙 025 「拜み蟲は…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈二十五〉      風花銀次

拜み蟲は顔よき。拜み蟲の顔をつとまもらへたるこそ、その祈ることのたふとさもおぼゆれ。ひが目しつるとふと思はるるに、一心にお命頂戴せむとかまへたる。このことは書きとどむべし。すこし年などのよろしきほどは、かやうのことを罪ふかく思はれけめ、今は心いとかろし。

 蟷螂のことを俗に拝み虫なんていいます。鎌状の前脚を持ち上げている様子を、手を合わせて祈っている様子に見立てた次第ですが、もちろん蟷螂は獲物を待ち伏せしているのであって祈っているわけでもなければ、殺生を詫びているわけでもありません。自然の道理を罪とする神さんなんてものはなく、たとえあったとしても糞くらえですからね。その点、日本にぎょうさんいる神さんはおおらからしいんでありがたい。
 蟷螂の逆三角形の小顔は、ほかの昆虫にくらべて可動範囲が広くくるくるとよく動き、観察していると、かならず目が合っちまいます。あれ、あたしと目を合わせたまんま獲物を捕まえちゃうってのは、いったいどうなってんだい?
 はい、どうもなっちゃいません。蟷螂が横目でこちらを見てると思ったのはただの勘違いで、ちゃんと獲物を見てたんです。瞳のように見える黒い点は偽瞳孔といい、複眼の構造により観察者の視線の先に現れます。そんで写真に撮るとつねにカメラ目線のように写るんでフォトジェニックとして人気がある。
 偽瞳孔が複眼の構造のせいで現れるてことは、当然ほかの昆虫の場合でも同様で、たとえば蜻蛉のでっかい目ン玉にも見られるんですが、蟷螂の偽瞳孔は、たいへんくっきりしていて、また先に述べたとおり頭がよく動くので、急に振り返った蟷螂に見つめられたり、あるいは流し目を送られたりしてるような気分になり、薄ぼんやりした脳みその持ち主であるあたしたちは、うっかり惚れちまいます。
 かような機微は人間の男女の場合とたいしてかわりゃあしないが、なに、勘違いだってかまやあしないさ。

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