ピエロ 志野 樹 むかし、ある街にサーカスがきました。 ゾウやトラ、犬やアヒルなどたくさんの動物とともに、猛獣つかいの男や空中ブランコのお姉さんたちもやってきました。 その中にひとり、浮かない顔をしている者がありました。 ピエロです。ピエロは顔を白く塗り、真っ赤な丸い鼻をつけ、両目の下に一つずつ涙のしずくを描いています。踊ったりおどけたりして、トラの輪くぐりや玉乗りの合間にお客さんを笑わせることを仕事としていました。 ピエロは今朝、サーカスの団長からこういわれました。 「お前がおどけても、お客さんが笑わないのはなぜなんだ。今日お客にうけなかったら、お前はクビだ」 ピエロはもう何十年もピエロでした。クビになってしまったら、今さら身を寄せるところなどありません。 きびきびと練習をしている仲間たちのそばにいるのがつらくなり、ピエロはいつも使っているアコーディオンを抱えて、こっそりとサーカスのテントを抜け出しました。 出ていくピエロをものかげから見ていたのは子ブタのピギィでした。いつもピエロと一緒にお客さんの前でおどけていますが、とてもかしこい子ブタです。ピギィは心配そうにピエロのあとをつけていきました。 サーカスの外は公園でした。肩を落としたピエロが歩いていきます。 エニシダのしげみの前を通ったとき、ピエロは泣いている女の子に気づきました。 「おじょうちゃん、どうしたんだい」 「かわいがっていた犬が死んでしまったの」 女の子はしゃくりあげながら、エニシダの根元をさしました。そこには、土を掘り返して何か埋めたようなあとがありました。 ピエロは犬を失ったかなしみを、少しでもいやしてあげられないかと思いました。 アコーディオンを地面に置き、ポケットから色とりどりのボールを取り出すと、続けざまに高く放り投げました。まるでピエロの頭の上に、虹のアーチをかけたようです。 でも、女の子の瞳は濡れたままでした。 「おかしいな、おもしろくないかい」 「おじさん、なんだかこわい」 女の子がピエロの顔を見ていいました。ピエロはいっしょうけんめいになるあまり、おこったような顔になっていたのです。 「もう、わしは人の心を明るくすることができないのかもしれない」 ピエロは両手で顔をおおいました。その時、エニシダのしげみから、ブタのピギィが飛び出してきました。ピギィは前足でアコーディオンをひっかき、ひいてくれとせがみました。 ピエロはピギィがいることに驚きましたが、すぐにアコーディオンを肩にかけました。そして〈ピギィの唄〉を歌い出しました。 踊れ、踊れよ、ピンクのこぶた 振れよ、振れ振れ、くるくるしっぽ 上手にステップふめなかったら こら、トンカツ屋に売っちゃうぞ ピギィは「トンカツ屋に売っちゃうぞ」で、ピエロのそばからぴゅーと逃げ出し、離れたところで、あっかんべーをしてみせました。 見ていた女の子が吹き出しました。 歌っているうちに、ピエロも楽しくなってきました。ピギィとはもう何年も一緒にやっているのです。息はぴったり合っていました。 踊れ、踊れよ、ピンクのこぶた ぴんと立てろよ、三角おみみ 上手にちんちんできなかったら こら、トンカツ屋に売っちゃうぞ 女の子はおなかをよじらせて笑っています。今度は笑いすぎて目に涙がたまるほどでした。 「ありがとう。悲しい気分だったのに、胸の中がとってもあったかくなったわ」 「おじさんはね、お客さんに受けることばかり考えて、楽しんで演じることを忘れていたようだ。おじょうちゃんとピギィがそれを思い出させてくれたよ。こちらこそありがとう」 ピエロは、晴れ晴れとした顔でお礼をいいました。それを聞くと、女の子はいたずらっぽくほほえみました。 「じゃ、お返しに涙を一ついただこうっと」 女の子がピエロの右頬に触れると、しずくの形をした涙がぽろんとこぼれおちました。女の子がそれを手のひらにのせました。ピエロの頬には涙が一つだけ残されました。 そのとたん、女の子の姿もエニシダのしげみも消え、かわりに地面を揺るがす拍手と弾けるような笑い声がピエロとピギィを取り囲みました。そこはサーカスの舞台でした。 ピエロはびっくりしてまわりを見回しました。ピギィがうれしそうにしっぽをふっています。それからお客さんに向かって、ピエロとピギィは深々とおじぎをしたのでした。 テントの外はもう夜。お月さまがにんまりと笑ったようにあたりを照らしています。
2017年12月7日木曜日
童話「ピエロ」/ 志野 樹
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