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2017年10月1日日曜日

壹行怪談「壹百行」/ 風花銀次

壹行怪談「壹百行」        風花銀次

「近況報告」といふ件名で、死んだ友人と同じアドレスから奇妙な話が一行だけ綴られたメールが毎日屆く。
  ◯
きのふ味噌汁でつらを洗つて出直してきた奴とあした初めて會ふ。
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さる舊家に傳はつた古今雛で、少々曰くがあると申しましても大抵の方は眠つてゐらつしやる時間ですから大して問題はないのですが、夜中になると眞ん中の官女が目を見開き鉄漿おはぐろをした口で「眠い」と呟くのださうでございます。
  ◯
ネットオークションで落札したジャンク扱ひの望遠レンズの中玉にある曇りが人間の形をしてゐて、見るたびにポーズを變へる。
  ◯
姉が遺した日記の文字が日付の古い順に一文字づつ消え、佛壇に張り付いてゆく。
  ◯
俺が敷いた盆でいかさましやがるたあ太え野郎だ、と引つたくると骰子の目がせはしなく瞬きをした。
  ◯
戀猫で押し通したまま年を經て猫又になつた猫が、夜ごとに、ひとりの少女の部屋を訪ねる。
  ◯
このところ毎日、夜中になると電話をかけてくる知らない女が「百人一首の百三首目だけ思ひ出せないの」と泣き喚く。
  ◯
櫻竝木の道を小學生がランドセルに抱きかゝへられて登校する。
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櫻の樹の下にはシタクナイも埋まつてゐる。
  ◯
今夕のタブロイドに手篤い死亡保障を謳ひ文句にして「求む刎頸の朋、但し頸のある方」といふ廣告が出てゐた。
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そりやあね、デメニギスの眼球を移植された坑夫は一生穴の中だらうさ。
  ◯
唄の上手と美貌とで評判を取つた藝妓だが、なぜか馴染の旦那衆が皆氣がふれて死んじまふところから付いた異名が「疊の上のセイレーン」だといふことだ。
  ◯
初生雛鑑別師の鑑別ミスでできてしまつた幽精卵お讓りいたします。
  ◯
或る日の晝下がり、亡き妻によく似た女性を見かけ、つい後を追ふやうに懷かしい氣のする盛り場を歩いてゆくと、不意に振り向いた彼女は紛ふかたなき妻で「久し振りにあの店で飲まうか」といふので、邊りを見囘すと、そこはとうに再開發されたはずのかつての立石だつた。
  ◯
覗き絡繰を覗くと「探さないで下さい」といふ貼り紙が見えて、私はどこにもゐなくなつた。
  ◯
新學期といふこともあり、今年も例年のやうな戀に落ちてしまふ生徒が出ることが豫想されますので、特に理科を擔當する先生方は注意怠りなく、三年前と同じことが起こらないやう、徹底して嚴しい指導を人體模型に對して行つていただきたく、宜ろしくお願ひ申し上げる次第でございます。
  ◯
コーヒーミルのハンドルをゆつくり囘すと中から悲鳴が聞こえてきた。
  ◯
スリットアニメーションかと思つたら、鯨幕の黑い線の中に隱れていた亡者たちが動き出しただけであつた。
  ◯
舌を切られた子雀の橫で、一囘り大きな雀がよく通るかはいい聲で「おじいさんおじいさん、あたしたちのいふとほりにすれば、きつとおばあさんを殺してさしあげませう」と囀るのでした。
  ◯
朝、目が覺めると、口から出る言葉がすべて伏せ字になつてゐた。
  ◯
もう一度あなたを産み直してあげた、と云つて母が卵を抱いてゐる。
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クピドが出鱈目に放つた三本の矢は命中しなかつたどころか掠りもしなかつたことは誰の目にも明らかだが、それでも矢には慥かに效果があつたのだと言ひ張る人によると、南方の或る島で猫の繁殖率が素敵に跳ね上がつたといふことだよ。
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羽化してもひとり。
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シャーレの上で驚異的な速さの進化を遂げた小さな小さな生き物たちが戰爭を始め小さな小さな核爆彈を破裂させるのを顯微鏡下に見た。
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寢物語のうまさだけで太夫まで上り詰めた生首の遊女のぬめり道中は首が載つた盆を 禿 かむろが捧げ持つて運ぶてものだつたんだが或る時禿が落しちまつた首を犬が咥へていつて以来の行衛知れずで犬に身請されたなんてえ噂さ。
  ◯
ふと立ち止まり、滿開の藤棚の下に立つてゐると溺死しさうな氣分になるね、と笑ふ彼女の足元を 躄 魚 ゐざりうをがゆつくり通り過ぎていつた。
  ◯
打ち上げられた水母くらげは太陽の光を散亂させる素敵に透き通つた體の中に人魚を飼つてゐた。
  ◯
大きい魔鯉は(死んだ)お父さんで、おもしろさうに泳いでゐる。
  ◯
綠陰の三人の老婆のうち一人だけいつも少し遲れてわらふ。
  ◯
入水した弟が飼つてゐた金魚の一匹が物凄いスピードで泳ぐやうになつた。
  ◯
猫がくはへてきた蜥蜴の尻尾をなんとなく取つておいたら、斷面から薄桃色の肉が次第に盛り上がり大きくなつてきてゐたが、今朝、箱の中から「おとうさん」と呼ぶ聲がする。
  ◯
墓の裏に巢を作つた一際大きなばちが穴の中に赤ん坊を運び込む。
  ◯
帶留の蟹が鋏を振ると、絽縮緬の着物が見る見るうちに血に染まつていつた。
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疎開先の祖父母の家の裏山ある欅にできた大きな虫瘤を割って中を見ると、空襲で死んだはずの、頑固者だつた父がまるくなつて眠つてゐた。
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二口女が飼つている二口ハムスターは後頭部の口にも頰袋があつて、ぎつしり詰まつた向日葵の種はしばしば賞味期限が切れてゐる。
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夏本番を迎へ、植物園は枯死した植物たちの靈で賑はつております。
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少女や學生、成人した女性など、いろんな世代の妻たちと暮らしてゐて、私だけが年老いていくのは遺影を選んでゐる途中で數日來の疲れからアルバムを枕に寢てしまつたために見てゐる夢だからだらうが、目覺め方がわからない。
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脱皮しても脱皮しても蛹。
  ◯
親水路沿いに立つ街燈の電球の中に、どうやつて入り込んだのか一匹の守宮が棲みついてゐて、明かりに集まる蟲たちを恨めしそうに見つめてゐる。
  ◯
仕舞ひ忘れられた風鈴が台風のなか微動だにしない。
  ◯
地震で割れた大きな岩からは、何百年にもわたつてしみ入つた蟬の聲が一齊に溢れ出て大層なやかましさだつたといふことだよ。
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見ず知らずの方に緣談を世話してもらふ筋合はない、と云ふと、美人だが古風なつくりをした女は筋合ならばあるのだと訴へ「あなたの御先祖樣に七代先まで祟ると約束したのですから、きつと娶つて子を設けてくださらないと困ります」。
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幾千もの燈籠が暗渠を流れていつた。
  ◯
肝試しをしてゐたら墓の裏から切れ切れに聲が聞こえるので耳を澄ますと「晚婚だの非婚だののせゐで七代先まで祟るのも一苦勞さ」と愚癡をこぼす靈に「末代まで祟る覺悟がなけれァ最初から祟らねえことだな」と諭す靈の會話だつた。
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早朝の薄闇の中で朝顏が開く瞬間にだけ見せる苦痛に歪んだ顏。
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植物園の學藝員が空中を指差して「この細い枝は」と言ふので「何も見えません」と答へると、非業の死を遂げたナナフシモドキの靈が死んだ後も擬態を続けてゐるのです、と教えてくれた。
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羽化不全で死んだ蟬の幼蟲の割れた背中から錆びた齒車が覗いてゐる。
  ◯
昆蟲採集をなさる方なら蝶が動物の糞尿や屍體にたかつてミネラルを補給することがあることは疾うにご存じでございませうが、打ち上げられた人魚の屍體にたかつてからといふもの永遠に變態を繰り返す不死の生き物になつたとのことでございますよ。
  ◯
颱風に備へて雨戸の補強をしてゐた父が、釘を打つ音がやんでも家に入つてこないので、便所の窓から外を覗くと庭に白木の棺がひとつ轉がつてゐた。
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分骨して手元供養してゐる小さな可愛い骨壺から私を呼ぶ聲がするので、蓋を取つて覗くと、中には新婚當時の部屋があつて「ごはんができたから來なよ」とほがらかにわらふ妻がゐた。
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蚊絣といつて若い方に通じるか存じませんが、形見の蚊絣を着始めてから貧血に惱まされたさうで、先達て後を追ふやうに亡くなつた時にはすつかり痩せて乾涸びてゐた故人とは反對に、着物一面の蚊のやうな模樣は皆丸々と太つてゐたとのことでございます。
  ◯
惜しまれながら、といふほどでもないが店を疊むパン屋で、格安の「耳鳴りに惱む食パンの耳」が賣られてゐた。
  ◯
隣の車輌で短く甲高い悲鳴が上がると「……只今の時間は助命專用車輌となつてをります」とアナウンスが流れてきた。
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異次元の壓力鍋の底で屍體が生煮えになつてゐる。
  ◯
なあに、彼奴の眼帶は超近接撮影をしてゐてファインダーの中の蟻に目ン玉を食はれちまつたからださうだよ。
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消防廳の發表によると、先月末より消火活動の續いてゐるコンビナート火災の原因は、火蟻の結婚飛行であるといふことです。
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墓地を拔け土提を越えると一面に無數の彼岸花が咲いてゐて烏揚羽の吸蜜する音がうるさい。
  ◯
日が暮れた頃から強く吹き始めた秋風のなか、消え入りさうな聲で「一週間前に助けて頂いた蟬でございます」と言ふので、心當たりがあるとはいへ訝しみつゝ扉を開けるとうすものを靡かせて、かさかさと音を立てながら女が死んでゐた。
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例の 禿 かむろを生首太夫の後釜に育てゝゐるらしい。
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書齋で本を讀んでゐると頭上で不意に(どいて)と聲がしたので顏を上げると、畫集を架藏してある棚の天邊に鈴木春信畫「淸水の舞臺より飛ぶ美人」から脫け出した女が身を飜すのが見えた。
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昔のテレビはゴーストといつて映像がずれて多重になる現象がよくあり、屋根のアンテナの調整をして直したりしたものですが、或る時ゴーストがてんで勝手に動き出したかと思ふと庭先に大きな音があつて、屋根から落ちた父が息絶えてゐたのでした。
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疲れて眠つてしまふと、小人たちが現れて標本ラベルをすつかり書き上げ、一人は自ら展足されて新種發見の榮譽を贈らうとまでしてくれたのですが、朝目を覺ますと展足板の上の小人の腹に空いた暗い穴から寄生蜂が顏を出してゐました。
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柱時計の郭公が目覺まし時計に托卵する。
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よくばりなおばあさんは、おほきなうづらに、けりころされてしまひましたとさ。
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颱風の目に入つて一息ついてゐたらウインクされてしまつた。
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花合はせに興じてゐると、一人だけ莫迦勝ちしてゐた男に役ができるたびに札の繪柄通りのことが現實になり、さして廣くもない座敷に蝶が舞ひ妻恋ひの鹿が鳴き猪が駆け囘る有樣だつたが、それらがすべて突然消え靜かになつたので男を見ると、鬼札の鬼に食ひ殺されてゐた。
  ◯
ケフ カウツウアンゼンケウシツデ ケイサツノ キレイナ オネエサンガ「ワウダンホダウノ シマシマハ マモノヲ トヂコメテヰル ヲリナノデ キヲツケテ ワタリマセウネ」ト ナキナガラ ヲシヘテ クレマシタ。
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深夜、殘業を終へて歸つてきた夫らしきものが、おそらくカップラーメンと思はれるものに、もしかしたら煮えたぎつてゐるだらうお湯を注ぐ氣配がして、沈默の後、ずるずると、何やら得體の知れない音を暗闇の中に響かせてゐました。
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降靈師に降ろしてもらつた俳諧師たちと卷いた半歌仙が日の出とともに消えてしまつた。
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虐殺する豫定の人々の靈にあらかじめ祟られおく。
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奉納の途中で空氣が拔けた風船のやうに胴體がしぼんで崩れ落ちたかと思ふと、神樂殿の床にごろりと轉がつた獅子頭が大きな口を開けて白い骨を吐き出し始めた。
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妻の誕生日と命日の數字を組み合はせてロト籤を買ひ續けてゐたら、つひに一等が當たつたのだが、ATMから出てきた紙幣の肖像がみんな妻の顏になつてゐたので、全額引き出して飾つてゐる。
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猫が香箱座りで封じ込めてゐる魔物は猫好きなので猫が自分からどいてくれるのを辛抱強く待つてゐるが、猫好きなので、猫が移動した先でも猫の下に潜り込んで自ら封じられてしまふ。
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牀入りはちと難しいが兎も角話が滅法おもしれえ、といふので張見世の前の人だかりを小突かれながらも掻き分けて、どうにか最前列まで行つてみると、格子の奧に首だけの女が艷然たる笑みを湛へてゐた。
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ファインダーの中にだけ見える女に戀したが、いくらシャッターを切つても女が寫らないことに絶望して氣がふれてしまつた寫眞家の個展、明日から。
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「先頭車輛は只今の時間除靈專用車輌となつてをります」とアナウンスが流れてきて、鮨詰めの状態だつた車内に三人分の隙間ができた。
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申し送りしておかなければいけないことといたしましては、彼の著者校は彼自身の血でもつて入朱されてゐるため、乾くと朱字が黑ずんでしまふといふことであります。
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骨壺から出てくるところを娘に見られた。
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河川敷にある七人掛けのベンチに戀人たちが仲睦まじく腰をかけ逆さ言葉で愛を語り合ふ。
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足跡をつけようとすると、潮が引くやうに處女雪は逃げていつた。
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風邪を引いて臥せてゐたら目を覚ますたびに藥が枕元に置かれてゐたので飮むとすつかり樂になったのだが、誰が置いてくれたのだらうと不思議に思ひながら見囘すと、手元供養してゐる妻の骨壺の蓋がずれ、周りに白い粉がこぼれてゐた。
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セルフポートレートを撮るために幽體離脫をマスターしたさうだが、さて、寫つてゐるのはどちらなんだらうね。
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盆蓆ぼんござの壺をそつと持ち上げると、賽の目に涙が浮かんでゐた。
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裏返つた手袋が、どうやつても元に戻れない。
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亡き妻に約束したとほり結婚記念日のたびに薔薇を供へ求婚し直してゐたのだが、弔ひ上げも濟んだ今年の珊瑚婚式の日、寫眞の妻が微笑み「もうわかりましたから、また一緒になりませう」と言つてくれた。
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正直といふより愚鈍としかいひやうのない者が幸せになるパターンの昔話が嫌ひだ、と聲をひそめて語つた友人の姿をその後見なかったが、古書店で偶然手に取った絵本の中で殺されてゐた。
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早鐘を打つ胸に苦しさを覺え布団で横になつてゐると、部屋の隅から小さな火消したちが現れ、私の體に小さな鳶口を次々と打ち込む。
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深夜、とある町の信號機の點滅が、車に轢かれた子猫の心臟の鼓動にシンクロし始める。
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數年ぶりに島を訪れると、昔飼ひきれなくなつて捨てた妄想が野生化して繁殖してゐた。
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大きな十本の指が地面から生えてきて横断歩道の白い線を掴んだと思ふと、小さなくぐもつた声で「出してくれ……」と呟くのが聞こえてきた。
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國を擧げてのお祓ひの甲斐があつて人間憑きだつた人たちの憑き物はきれいさつぱり落ちてしまつた。
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近接撮影をしてゐると、蠅取蜘蛛の顏の正面にある二つの大きな黑い眼が次第に大きくなつて世界が飮み込まれ、二つの眞つ暗な夜になつた。
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ツイッタランドの片隅で、死んだ恋人たちがエアリプで睦言を交はし合ふ。
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永遠に續く橋懸りを永遠に摺足で歩き續ける能樂師の間延びした列に、また一人加はる。
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わりがなにもんぢやらうがそんげなこつはどんげでんいゝとよ、と言ふと「九州では暮らせません」と言ひ殘して雪女は去つてしまつた。
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輕飛行機の操縦士が山の中に偶然發見した小さな湖は、いつも中央から波紋を廣げるやうに漣が立つてゐると思はれてゐたが、じつは大きな一枚の鱗で、この鱗が神樣の目から落ちたとき人類の滅亡が決定した。
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目覺ましと間違へて目刺をセットしたせゐでなにも見えぬ。
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自分で自分に出したに相違ないが、当然のことながら身に覺えのない手紙によると、その手紙に捺されてゐる消印の日(明後日だ)に、私は死ぬらしい。
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去年死んだ妻と二度目の駈け落ちなう。

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