デトックス 風花千里 酒を飲むと蕁麻疹が出る。 女房に話すと、エステに行くことを勧められた。 「体内の毒素を排出させる健康法があるの。長年の飲酒で毒素が溜まっているのよ」 数日後、エステとやらを訪ねた。清潔でゴージャスな空間を想像していたが、該当する住所には壁面に染みがついた雑居ビルがあるばかり。三階に上がると、確かに「毒出しいたします」という看板が出ている。 中に入る。受付のおばさんがカルテを作り、甚平のような施術着を渡してくれた。裸の上にそれを着た俺は、あれよあれよという間にカーテンの向こうに誘われる。 「私に背を向けて横になって」 若いエステティシャンではなく、真っ白い口髭をたくわえた爺さんがいろいろな管の伸びたベッドを指した。横になると、爺さんは俺の背後でなにやら機械をいじっている。 施術着の尻のあたりに違和感を感じた。顔をねじると半ズボンの尻が割れ、そこに管が差し込まれている。 「腸内洗浄を始めます」 爺さんが機械のスイッチを入れた。管を通って生暖かいものが俺の腹を満たす。ありていに言えば浣腸ってやつだ。 「うっ、苦しいんですけど」 「我慢して」 俺は脂汗を滲ませ、五分ほど耐えた。 「はい。仰向けになってそこで出していいですよ」 ベッドで?と思ったが、トイレに駆け込む余裕もなく俺はその場で排泄した。 「何回かやっときましょう」 それから小一時間。最後の洗浄を終えようとした時、爺さんが叫んだ。 「サケノサカナだ」 慌てて起き上がると、下水に直接流れこむという透明な排水管の中を、銀色に光る魚のようなものが流れていった。 「あれが腹ん中にいると、酒が飲みたくてたまらなくなる。出たからにはもう大丈夫だ」 「なぜ俺の腹に」 「あんたはイクラが好きかな? 鮭の卵に化けてサケノサカナの卵が混じっていることがある。それを食うと腹で孵化するんだよ」 今度は冷や汗が出た。俺は魚卵が大好物で、イクラおろしを肴に酒一升を飲めるほどだ。 それからというもの俺は酒が飲めなくなった。体が受け付けないのだ。 おかげで蕁麻疹は治まったが、今が幸せかというとそうではない。酒の代わりに飯を食うようになり二十キロ太った。女房から豚のような夫は嫌だと蔑まれる。酒を酌み交わしてきた友達からも疎まれる。何より酒で紛らわしてきたストレスのはけ口がない。 だから俺はサケノサカナを逃がしてしまったことを後悔し、また卵が孵ることを夢想しながら、今日もイクラおろしを食っている。
2017年10月11日水曜日
短編小説「デトックス」/ 風花千里
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