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2017年10月21日土曜日

短歌十首「嬰ヘ長調」/ 風花千里

嬰ヘ長調         風花千里

わたくしといふ回廊の行きどまりにものの芽ひとつ息づく気配
月のもの兆しのなきを案じつつ校正ゲラに赤字を入れる
ゆく夏に背を押されながら恋人へ肉屋の前で妊娠告げる
母子手帳交付とともにひとひらの母性をいだく ここよりは秋
胎児はやヘ音記号のなりかたち弾ませながら心拍きざむ
天井の柾目揃ふをあふぎつつ流れ流れて行くのもいいか
高気圧はり出すゆふべ浴槽のさざ波たてる腹部のあたり
冷蔵庫のどこかで腐敗進む午後 友人の子の死産を聞きぬ
おほき血潮に流されもせず胎壁にとどまれる児は珊瑚にも似て
みぞれふる音とひびきあふつりがねの下腹いとしみゐたる聖夜

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