だんご屋ハチベエ 志野 樹 「へい、いらっしゃい」 木もれび山にある峠のだんご屋から、この店の主人、ミツバチ・ハチベエの威勢のいい声が聞こえてきます。 だんご屋は連日、動物たちで大にぎわい。山のあちこちからお客がやってきます。 「おだんご三本くださいな」 「はい、ハチミツ入りだんごです。おいしいですよ」 「こっちには十本くれるかな。子どもたちがおなかをすかせて待ってるんだ」 「へえ、承知しました。たくさん買っていただいたので、一本おまけです」 とまあ、こんなふうに、毎日飛ぶように売れていきます。 「そういやあ、この下の森では、トチの花が満開だよ」 店の長いすに座って、だんごをほおばっていたシカが言いました。 「ほう、そうですか。今年は咲くのがちょっと遅いですね」 「もう六月も終わりだというのに、涼しいせいかもしれないな」 ハチベエはそれを聞くと、だんごを売るのをひと休みして店の奥へ入っていきました。 「おミチ、この下の森でトチの花が満開だそうだ。おまえちょっと仲間たちに伝えてきなさい」 おミチはハチベエの妹でした。ふたりは、とても大切な仕事を女王バチからおおせつかっています。だんご屋に来るお客さんから話を聞いて、山で起こっているさまざまな出来事を巣へ知らせるという仕事です。 「はい、わかりました。すぐに行ってきます」 おミチが巣のあるほうへ飛んでいくと、ハチベエは店にもどりました。 そこへ野ネズミの子どもが四匹やってきました。 「おじさん、だんごちょうだい」 「はい、いらっしゃい。何本ですか」 「えっとね、お母さんが病気なの。だからたくさん」 一番小さい野ネズミが言いました。 「うちのだんごはハチミツ入りだから栄養があるよ。お母さんの病気もすぐよくなるさ」 「じゃ、一本ずつ持っていくとして四本!」 二番目に大きい野ネズミが、指を四本立てました。 ハチベエはだんごを一本ずつ野ネズミに渡します。 「はい、一、二、三……、おや、困ったな」 配っていたハチベエの手が止まりました。だんごは一本に四つのだんごがついていて、それほど大きくはありません。ですが、一番小さい野ネズミが持っていくには、ちょっと大きすぎることに気がついたのでした。 「おまえさんにはちょっと大きいねえ」 と、ハチベエが言うと、一番小さい野ネズミは思いきり首をふりました。 「だいじょうぶ、わたしも持ってかえりたいの」 「でも、これじゃ重すぎる。だんごが地面について泥だらけになっちゃうぞ。おまえは何も持たなくていいよ」 三番目に大きい野ネズミが、妹をなだめにかかりました。 「いや、いや、わたしも手伝う」 「じゃ、こうすればいいさ。一本のくしについているだんごをバラバラにする。四つあるからみんなで一つずつ持つ。ほうら、そうすればおまえも一つ持っていけるだろう」 どうしてもお母さんにだんごを届けたい妹ネズミのために、一番大きな野ネズミが助け船を出しました。なるほど、だんご一本は無理でも一つなら持つことができます。あとの三匹がそれぞれ一本と一つずつ持てばいいのです。妹ネズミはうれしそうにうなずきました。 「おお、そうだ。やっぱりお兄ちゃんは頭がいいね」 感心したハチベエが声をかけました。 四匹の野ネズミたちは、だんごをくわえたり、背負ったりして、おおいそぎでお母さんのもとへ帰っていきました。 「まいどありがとう。ああ、兄弟ってのはいいねえ。いたわりあって、仲がよくて。あの様子じゃお母さんもすぐによくなるってもんだ」 ハチベエは兄弟のきずなの強さに胸をうたれ、野ネズミたちが山の向こうに消えていくまで見送っていました。 「さて、おミチはまだ戻らんのかな」 妹のことが気になったそのとき、 ふぁーくしょん 突然、ハチベエの耳元で大きなくしゃみが聞こえました。 「うわっ、びっくりした。なんだ、おサルの兄さんかい。いらっしゃい」 ハチベエが振り返ると、目をうるませ、鼻をぐずぐずさせたサルが立っていました。 「ぐしゅん、だんごをおくれ」 「どうしたい。久しぶりだけど、かぜでもひいたのかい」 「ちがうんだよ。おいらこの間まで人里に遊びにいってたんだ。向こうでは元気だったんだけど、帰ってきたとたん、かぜでもないのにくしゃみやら鼻水やらがひどくてさ」 しばらく姿が見えないと思ったら、サルは人間が住むところまで遊びにいっていたのでした。 「なんだかわからないから、フクロウのじいさんに聞いてみたら、そりゃ花粉症だっていうのさ。ブタクサの花粉が鼻の中をくすぐってくしゃみが出たり、目がかゆくなったりするらしい」 「ほう、このへんにブタクサなんかあったかな」 「いや、山の中にはないはずなんだが、風が吹くともういけねえ。下のほうからふわふわと花粉が上がってくるんだと」 「兄さん、あんた人間の食べ物を食べたんじゃないのかい」 「えへへ、ばれたか。でも、人間が留守の間に台所にしのびこんで、ほんの少しいただいただけだよ」 「そりゃ、いけないな。よし、わたしが特製だんごをこしらえてやろう。花粉入りのだんごだ」 「花粉入りだって。おいらのくしゃみをこれ以上ひどくするつもりかい、ふぁっくしょん」 「だいじょうぶ。花粉は薬にもなるんだ」 ハチベエはサルを待たせておくと、奥へ入って花粉とハチミツをまぜただんごを作りました。 「はい、お待ちどうさん。これは百花粉だんごといって、いろいろな花からとった花粉をまぜてあるんだ。食べてごらんなさい」 サルはおっかなびっくり百花粉だんごをながめていました。きれいな黄色をしていて、とてもおいしそうです。 「えーい、思いきって食べてみるか。少しくらい食べたって、これ以上くしゃみがひどくなるわけはなかろう」 そう言いながら、サルはだんごに手を伸ばしました。 「むぐむぐ、ああ、これはおいしいぞ。ほんのり甘くて、体の中がほかほかしてきた。ハチベエさん、おかわりあるかい」 「ああ、あるとも」 サルはあっという間に、ハチベエが作った百花粉だんごを食べつくしてしまいました。 「ああ、うまかった。あれっ、不思議だな。さっきまで鼻がむずむずしてしかたなかったのに、すっかり治っちゃった」 「そういえば、くしゃみも出ないじゃないか」 来たときとは打って変わって、うるんでいた目もぱっちりしています。 「ああ、よかった。ありがとうハチベエさん。おかげですっきりしたよ」 「どういたしまして。また具合が悪くなったらいらっしゃい。だけど、人間の食べ物をあまり食べないほうがいいよ。動物が食べると病気になるかもしれないからね」 サルは、はずかしそうに頭をかきながら帰っていきました。 「お兄さん、ただいま」 おミチが帰ってきました。 「おかえり、ずいぶん遅かったな」 ハチベエは妹が無事に戻ってきたので、ほっとしました。 「ごめんなさい。トチの花のことをみんなに教えていたら、女王さまに呼ばれてお茶をごちそうになったんです」 「そうか、女王さまは何かおっしゃっていたかい」 「何か山に変わったことはないかと」 「変わったこと?」 「ミカンの花に来ていたチョウから聞いた話だそうですが、スズメバチが狩りをし始めたようです」 「スズメバチ? ずいぶん早いな」 「女王様は、今年は夏近くなっても暑くならないせいだとおっしゃいました」 スズメバチと聞いて、ハチベエは顔をくもらせました。スズメバチはミツバチの一番の敵です。おとなのスズメバチは木のしるなどを吸いますが、幼虫はコガネムシや大きなイモムシを食べます。夏暑くならないと幼虫のエサとなる虫が少なくなり、スズメバチはミツバチや他のハチの卵や幼虫をねらうようになるのです。 「ふーむ、スズメバチがうろつくようになったら、たいへんだ。ミツバチの巣を見つけたら、卵や幼虫を全部食べてしまうからな」 「もし何かわかったら、すぐに知らせるようにと言われました」 「よし、わたしもお客さんに聞いてみることにしよう」 それからしばらくたちました。日も傾き、あたりがこがね色に染まるころ、ハチベエたちは店じまいを始めました。おミチは長いすをきれいにふいていましたが、ふいに顔を上げたかと思うと、木もれび山のふもとまでとどろきそうな声で叫びました。 「きゃー、オバケ!」 おミチの声に驚いて、ハチベエがかけつけると、峠の下のほうからまっ赤な顔をした大きなものがこちらへ向かってきます。おミチはガタガタふるえながらハチベエにしがみついています。 「あれ、クマのだんなじゃないですか。どうしました、その顔は」 ハチベエが目をこらして見ると、それは山のほら穴に住むクマでした。でも、おミチがオバケと思ったのも無理はありません。クマの顔はまっ赤にはれ上がり、でこぼこになっていたのです。 「ああ、ハチベエか。いや、まいった。食べ物を探して木のうろをのぞいたら、そこにハチがいたんだ」 「ハチ?」 「そうだ。そこにいたハチどもが攻撃してきて、何度もさされたんだ。あれは、あんたの仲間か」 クマはまっ赤な顔を怒りでさらに赤くさせました。 「いや、だんな。それはミツバチじゃない。同じミツバチが何度もさすことはないんだ。そんなにしつこくさすのはスズメバチだよ」 「スズメバチ? そういや、ハチベエよりずっと大きなハチだったな」 「やっぱり。それで襲われたのはどのへんでしたかな」 「きのこ池のそばだ」 ハチベエの顔色が変わりました。きのこ池のそばというと、ハチベエが生まれた巣とそれほど離れていません。 「あいてててて……」 クマは、ザクロのようになった顔を押さえて座り込んでしまいました。 「だんな、だいじょうぶですか。おミチ、女王さまにいただいた薬を持ってきなさい」 ハチベエはクマの体をいたわりながら、妹に申しつけました。 「はいっ」 おミチが大急ぎで薬を持ってきます。 「ほい、だんな、まずこれを飲んで」 「なんだ、これは」 「ローヤルゼリーといって、女王バチのみが食べるものです。何かあったときのためにと、わたしたちの女王さまから分けていただいたんですよ」 「そんなに大切なものを、わしが飲んでいいのか」 「当たり前ですよ。こんなにスズメバチにさされているのを放っておけるわけないでしょう」 「かたじけない」 クマは、そのクリームのようなものを一滴残らず飲み干しました。 「それから、この薬をさされたところに塗って」 「うわっ、なんだ、顔がベタベタするぞ」 「これは巣をばい菌から守るために、わたしたちが作った薬。塗ればはれがひいてくるはずだ。だんな、しばらくこの長いすに横になっていてください」 ハチベエは長いすにクマを寝かせました。そしておミチとともに店の奥へ入りました。 「おミチ、大変なことになったぞ」 「ええ、すぐに女王さまに伝えなくては」 「うむ、近いうちに巣ごと引っ越さなければならなくなるかもしれん」 「えっ、引っ越し?」 「そうだ。クマのだんなをさしたスズメバチは、ミツバチの巣を探っているスパイなのかもしれない。仲間をつれてわたしたちの巣を襲ってきたら、卵や幼虫があぶない」 「このお店はどうするの?」 「閉めるしかないだろう」 「でも、兄さんのおだんごを楽しみにしているお客さんががっかりするわ」 おミチは、ハチベエがだんご屋とそのお客さんをとても大事にしていることを知っていました。 「しかたがない。われわれは女王さまについていかなければならないんだ」 「でも、お兄さんは、お客さんの喜んだ顔を見るのが一番幸せだって言ってたじゃない」 「兄さんだってつらいさ。ひいきにしてくれるお客さんがたくさんできたのに」 「だったら、兄さんだけでもここに残ったら?」 「だめだ。兄さんもおまえもみんな女王さまの子どもなんだ。みんなで力を合わせて女王さまと巣を守らなくてはいけない」 「ハチベエ、おミチちゃん。だいじょうぶだよ、引っ越した先でまた店をやればいいのさ」 ハチベエとおミチが言い争いをしていると、店のほうから声がしました。寝ていたクマがハチベエたちの話を聞きつけ、起きてきたのです。 「あっ、だんな。まだ起きちゃだめですよ」 ハチベエがクマにかけよりました。 「おれはもう平気だ。さっきの薬で、ほらこのとおり、顔のはれがひいたよ」 そう話すクマの顔は、赤みも取れ、すっかりクマらしくなっていました。 「それに、ローヤルゼリーのおかげで、元気まんまんになったぞ。ハチベエ、おミチちゃん、ありがとな」 クマは大きな体を折り曲げて、ふたりにお礼を言いました。 「おっと、だんご屋の話だったな。おれはあまいものが大好きで、昔はよくハチミツをねらって、ミツバチの巣をたたき壊したものだ。だけど、ハチベエがこの店を開いてくれたおかげで、ハチにさされる危険もなくおいしいおやつが手に入るようになった。ありがたいことだ。山のみんなもそう思っているんじゃないかな」 「まあ、クマのだんなったら、わたしたちの親せきの家をつぶしていたんですね」 「いや、昔のことだ、許してくれ。今はもうしてないよ。ところで、ハチベエ、あんたがたがここに店を開いた日のことを覚えているか?」 「ええ、覚えていますとも。天気もよく、夕方から風もふいて、気持ちのいい日でした。それなのに、ひとりのお客さんも来なかったんですよ」 「でも、次の日には行列ができるほど、お客さんが来てくれたのよね」 ハチベエとおミチが口々に言いました。 「なぜ、次の日にお客がたくさん来たかわかるか。においだよ。風にのってあのハチミツのあまいにおいが、木もれ日山じゅうに漂ったんだ」 クマは鼻をひくひくと動かしました。 「ほう、そうでしたか」 「だから、あんたがたがだまって引っ越していっても気にすることはない。すぐにみんな新しい店に気がついてやってくるよ」 クマの話を聞いて、ハチベエはしばらく考え込んでいました。 「おミチ、これからすぐに女王さまのところへ行こう。女王さまが引っ越すと言われたら、すぐに引っ越しだ」 それからハチベエは、クマに言いました。 「だんな、ありがとうございました。これでこの店を閉める決心がつきました」 「いやいや、どういたしまして。引っ越してもこのにおいを追いかけて、どこまでも買いにいくよ」 「さっ、おミチ行こう。だんな、これは今日残っただんごだ。持って帰ってくれないか」 「おお、ありがとう。元気になったら急に腹がへってきたぞ」 クマはにっこり笑ってだんごの包みを受け取ると、ほら穴へ帰っていきました。 翌日、峠のだんご屋の入り口には一枚の紙がはってありました。 ハチベエのだんご屋は 引っ越すことになりました。 ごめんなさい。 また、どこかでお会いしましょう。 だんご屋 ハチベエ
2017年10月7日土曜日
童話「だんご屋ハチベエ」/ 志野 樹
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