ダッキィおばさんと七羽の子ども 志野 樹 たんぽぽ村のみどりが池。ここでは、けたたましいかけ声で、朝がはじまります。 「ガア、ガア、ガア。まったくなんておねぼうなんでしょうね、この子たちは。とっととおきなさい、ガア」 アヒルのダッキィおばさんが、子どもたちをおこしているのです。 ダッキィおばさんの子どもは、ぜんぶで七羽。女の子が四羽と男の子が三羽です。 「えー、もっとねたいよう」 「まだ、お日さまが出てないよ」 子どもたちはグズグズ言うばかりで、うごこうとはしません。 「なにを言っているんです。朝ごはんの時間ですよ、ガア」 ダッキィおばさんにせかされて、ようやく子どもたちが、巣から出てきました。 子どもたちには、それぞれなまえがついています。 子どものかずが多いのでかぞえやすいように、こんななまえをつけていました。 イチ、ニー、サン シー、ゴー、ロク…… あら、一羽たりません。 「まあ、チビったら、まだねているの?」 ダッキィおばさんが、巣をのぞきこみました。 巣の中では、いちばんあとに生まれたヒナが、スースーとねむっていました。ヒナは、とても小さいので、みんなからチビとよばれていました。 「こら、チビ、おきなさい」 ダッキィおばさんは、チビのあたまをくちばしでつつきました。 チビはようやく目をさましました。 「おかあさん、はやくはやく、あたしたちおなかすいたわ」 六羽のきょうだいたちが、そばでさわいでいます。 「ガア。チビは、あんたたちのおとうとでしょ。もうすこしまっていなさい!」 それから、ねぼけまなこのチビと六羽のきょうだいをつれて、ダッキィおばさんは、ちかくにあるえさ場へとおよぎだしました。 さあ、朝ごはんです。 水のなかにあたまをつっこんでは、水草や小さな虫をたべるのです。 でも、朝ごはんのあいだも、ダッキィおばさんのこごとはやむことがありません。 「ガア、そんなあたまのつっこみ方じゃ、虫がにげてしまうよ」 「だれか、チビを見てやって。ガア、あんたたち、おにいさん、おねえさんなんでしょ」 「あんまりたべすぎてはいけないよ。おなかがいたくなるからね。ガアガア」 と、まるで木の上のセミのように、ひっきりなしにがなりたてるのです。 「もう、うるさいなあ」 七羽の子どもたちは、小声でもんくを言います。 「だいたい、チビがいけないのよ。あんたがちゃんとしないから」 シーが言いました。 「そうだよ。チビのせいで、ぼくたちまでおこられるんだから」 ゴーも言いました。 きょうだいたちにせめられて、チビはどうしたのでしょうか。 チビは目をつぶって、あたまをたれていました。 ずっとそうしたままなので、きょうだいたちはしんぱいになってきました。 自分たちがもんくを言ったせいで、チビのこころはきずついてしまったかもしれないのです。 「ごめんよ、チビ。おこったのか」 ニーがあやまりました。 「おかあさんがおこるのは、チビのせいばかりじゃなくて、わたしたちもわるいのよね」 サンも言いました。 六羽のきょうだいたちは、チビのまわりをかこみました。 そして、みんなでいっせいに 「ごめんねー」 と、言いました。 すると、チビはブルブルッとくびをふったかと思うと、大きく羽をのばしました。そして、あくびをひとつ。 「ふぁーあ」 「なあんだ。チビったら、またねてたのね」 きょうだいたちは、あきれて、わらいだしました。 朝ごはんがすむと、うんどうのじかんです。 アヒルの子どもたちは、まだおよぎがじょうずではありません。 おかあさんについて池をすーい、すーいといきたいところですが、長いことおよげなかったり、おなじところをグルグル回ったり、水草に足をからませてしまったりと、すぐにおよぐのをやめてしまいます。 そのたびに、ダッキィおばさんは、「ほら、もっと水かきをじょうずにつかって」とか「あんまり水しぶきをあげないのよ」とか、声をかぎりにさけんでいます。 「あーあ、おかあさん、まただよ」 「うるさいわねえ。あたしたちはもうおよげるっていうのに」 いちばんはじめに生まれたイチとニーは、だいぶうまくおよげます。けれども、チビやそのほかのきょうだいといっしょにおよがなくてはいけないので、たいくつしてしまうのです。 「ねえ、あたしたちだけで池のおくのほうへたんけんにいかない?」 「いいね、いちど行ってみたかったんだ」 イチとニーは、こそこそと話していたかと思うと、二羽だけで、池のおくをめざしておよいでいってしまいました。 ゴロゴロゴロ……。 なにやら空のほうからひくい音がきこえてきます。 その音をきいて、ダッキィおばさんは、はっとしました。 かみなりです。気がつくと空はくらくなっています。 雨がふりだしたらたいへんです。子どもたちをあんぜんなところへつれていかなければなりません。 ダッキィおばさんは、いそいで子どもたちのなまえをよびました。 サン、シー、ゴー、ロク、チビ。 あら、かずがたりないようです。こんどは子どもたちのかずをかぞえてみました。 いち、に、さん、し、ご。 おや、もういちど。 いち、に、さん、し、 ダッキィおばさんは、なん回もかぞえなおしてみましたが、五羽の子どもしかいません。 「あんたたち、イチねえさんとニーにいさんをしらないかい?」 ダッキィおばさんが、五羽の子どもたちにききました。 四羽の子どもはしらないとくびをふりましたが、チビだけは、「しってる」とこたえました。 「ガア。どうして、すぐにおかあさんにしらせないんだい?」 ダッキィおばさんは、こわいかおをして、チビに言いました。 「だって、イチねえさんとニーにいさんはとってもおよぎがじょうずだから、すこしくらいだいじょうぶだと思ったんだ」 「それで、どこへ行ったんだい?」 「池のおくのほうへ行った」 「すぐにさがしにいかなくちゃ。池のおくはイタチがいるし、今はかみなりもなっている。いくらおよげるようになったといっても、イタチにおそわれたり、かみなりにうたれたりしたらたいへんだ」 ダッキィおばさんは、のこった五羽をアシのしげみにかくすと、イチとニーをさがしにいきました。 池のおくでは、おかあさんからはなれていった二羽が、ないていました。 水あそびをしていたのはいいのですが、むちゅうになりすぎて、水中にしずんでいる木のえだのすきまに、足をはさんでしまったのです。 足をはさんでしまったのが一羽だけだったら、もう一羽がたすけてあげられたかもしれません。ところが、二羽ともいっしょに足をとられてしまったからたいへんです。 イチとニーは足をひきぬこうと、いっしょうけんめいもがきました。でも、おとなのアヒルほどじょうずにおよげません。もがけばもがくほど、足はすきまにくいこんでいくのでした。 「おかあさーん、いたいよ」 「たすけて、おかあさん」 二羽がなきさけぶ声をききつけ、ダッキィおばさんが、いちもくさんにおよいできました。 ダッキィおばさんは、水のなかにくちばしをつっこんで、二羽の足をはさんでいる木のえだをとりのぞきました。 「あっ、およげるようになった」 「もう足がいたくないわ」 イチとニーは大よろこびで、おかあさんにまとわりつきました。 「あんたたち、おしおきはあとでたっぷりしますからね。とにかくいそいで。これから雨がふってきますよ」 ダッキィおばさんとイチとニーは、のこった五羽のいるところをめざして、およぎだしました。 とちゅう、大つぶの雨がおちてきましたが、びしょぬれになるまえに、なんとかみんながまっているしげみにつくことができました。 しげみのまえでは、チビが、おかあさんたちのかえりをまっていました。チビは、おにいさんとおねえさんがいなくなったのは自分のせいだと思って、しんぱいしていたのです。 「まあ、なぜしげみの中に入っていないの? 羽がぬれているじゃないの」 もどってきたダッキィおばさんが、雨にうたれているチビをみてさけびました。 「よかった。イチねえさんとニーにいさんがもどってきて」 チビが、おかあさんのそばによりそいました。 「チビ、あんた体がとてもつめたいわ」 ダッキィおばさんはあわてました。よりそってきたチビの体が、池の水のようにつめたくなっています。チビはいちばん小さいので、すこし羽がぬれただけでもかぜをひいてしまうのです。 いそいでチビをアシのしげみの中につれていき、自分の羽でだきしめるように、チビをあたためはじめました。 でも、チビの体はあたたかくなるどころか、ますますつめたくなっていきます。目はとおくのほうを見つめたままうごきませんし、体はさむさでブルブルふるえています。 いつもガアガアとうるさいダッキィおばさんでしたが、いまは、チビの体をあたためるのにいっしょうけんめいでした。ひとことも口をきかずに、ひたすら羽をこすり合わせています。 のこりの六羽のきょうだいたちは、ひとかたまりになっておかあさんのうしろで、ようすを見ていました。 もう雨は上がったので、しげみからはい出して、池であそぶこともできましたが、だれもそうするものはありません。 「チビ、だいじょうぶかなあ」 ゴーが言いました。 「チビがしんだら、どうしよう、あたしたちのせいだわ」 たんけんに行ったイチは、なきだしそうです。 「ぼくたちが、たんけんなんかに行かなければよかったんだ」 ニーは、下をむいたままです。 「おかあさんのおこる声がしないと、こわいくらいしずかなのね」 サンが、あたりを見まわしました。雨もやんで、お日さまが出はじめたのに、池はしずまりかえっています。いつもはうるさいくらいいるアメンボのすがたも見えません。 「あたしたち、どうしたらいいの」 シーが言いました。 「おしくらまんじゅう、しようよ」 いちばん下のロクが、げんきよくこたえました。チビのすぐ上の子どもですから、まだ、チビがしんでしまうかもしれないということが、わからないのかもしれません。 「こんなときに、あそべるわけないでしょ」 サンが、おこりだしました。でも、ロクは、ニコニコしています。 「おしくらまんじゅうすると、あったまるよ」 おしくらまんじゅうは、子どもたちがとてもすきなあそびです。みんなで力のかぎりおしあうのですが、さむい日でもすぐに体がかっかするほど、あたたまるのです。 「そうか、みんなであっためればいいんだ」 ニーが、さけびました。そして、おかあさんにちかづいていって、そのからだによりかかりました。 ほかの子どもたちもそれにつづきます。おかあさんをぐるっととりかこむようにならびました。 「さあ、おしくらまんじゅうだ。でも、いつもよりやさしくね。チビがつぶれちゃうから」 みんなは、フワフワの羽をおかあさんにおしつけるようにしながら、おしくらまんじゅうをはじめました。 ちょうどそのとき、お日さまの光がぐんとつよくなりました。あたりは、きゅうにぽかぽかと気もちのいい空気につつまれました。 子どもたちのおしくらまんじゅうのおかげで、まん中でおされているダッキィおばさんは、あせばむほどでした。そして、ダッキィおばさんにだかれていたチビの体にも、すこしずつぬくもりがもどってきたのです。 「まあ、チビがあったかくなってきたわ」 ダッキィおばさんが、うれしそうに声をあげました。 「よーし、もうすこしだ、がんばろう」 ニーが、かけ声をかけます。 六羽のアヒルたちが、たっぷりとあせをかいたころ、チビがうーんとのびをして、羽をひろげました。 「あっ、チビがうごいた」 チビは、おきてきたばかりのように、大きなあくびをすると「おはよう」とあいさつをしました。 「おはようじゃないわよ。あんた、しぬところだったんだからね」 おねえさんアヒルたちは、声をそろえて言いました。でも、チビがげんきになったので、おねえさんたちのかおはニコニコしています。 「そうだよ。でも、よかった。もうだいじょうぶだね、チビ」 おにいさんアヒルたちも、うれしそうです。 ダッキィおばさんは、あせを羽でぬぐいながら、子どもたちが、チビをかこんで話しているようすを、だまってながめていました。いつもうるさいおばさんでしたが、子どもたちみんなでチビをたすけてくれたので、このときばかりは、うれしくてうれしくて、ことばが出なかったのです。 「ガア、ガア、はやくお日さまにごあいさつしなさい。いつまでねてるの! ガア」 つぎの日、みどりが池では、いつものようにダッキィおばさんのかけ声がひびきわたりました。 七羽の子どもたちは、ねぼけまなこでおきてきました。でも、もんくを言う子はいません。 「やっぱり、おかあさんのかけ声がないと、目がさめないもんね」 おねえさんアヒルたちは、そういってくちばしを上にむけました。 「うるさいけど、ないとこまるんだよね」 ニーとゴーとチビが、うなずきあいました。 「ガア、朝ごはんにいきますよ。いちれつにならんでついてくるのよ、ガア」 ダッキィおばさんをせんとうに、アヒルのぎょうれつが池の中をすすむと、びっくりしたアメンボたちが、左右にひょんひょん、とびました。 こうして、いつものように、にぎやかなみどりが池の一日がはじまりました。ガア。
2017年9月7日木曜日
童話「ダッキィおばさんと七羽の子ども」/ 志野 樹
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