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2017年11月7日火曜日

童話「ヘビのニョロリ」/ 志野 樹

ヘビのニョロリ       志野 樹

 ヘビのニョロリは、なかまのヘビとは少しちがっていました。
 話をするときは、ゆーっくりとしゃべりますし、前にすすむときは、名前のとおり、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リと、ゆるやかにうごきます。

 雨上がりのある日、ニョロリは、しめった林の中をさんぽしていました。
 すると、一ぴきのムカデと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったムカデでした。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ニョロリは、口をあけて、ムカデを食べようとしました。
「おっと、食べられちゃかなわん」
 ムカデは、たくさんの足をいっせいにうごかし、ほいさかさっさーと、にげました。
「まてえ」
 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、ちっともおいつきません。
 「やあい、のろまのおまえに、おれさまがつかまるわけないのだ」
 遠くはなれたところまでにげたムカデが、ふりむいて言いました。
「なんてったって、おれさまは、百本の足をもっているんだからな」
 ムカデがさったあと、ニョロリはおこって言いました。
「ぼくがのろまだって? そんなことあるもんか」

 そしてまた、ニョロリが林の中をすすんでいくと、一ぴきのカエルと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったカエルでした。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ニョロリは、カエルを食べようとしました。
「ベーだ、食べられるもんか」
 カエルは、前足と後ろ足を思いきりのばして、ぴょーんととびました。
「まてえ」
 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、ちっともおいつきません。
「ふーんだ。のろまのきみに、ぼくがつかまるわけないよ」
 遠くはなれたところまでにげたカエルが、ふりむいて言いました。
「ぼくは、ジャンプもできる強い足をもっているんだからね」
 カエルがさったあと、ニョロリは、首をかしげながら言いました。
「ぼくって、ほんとうは、のろまなの?」

 それからまた、ニョロリがすすんでいくと、一ぴきのネズミと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったネズミでした。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ニョロリは、口をあけて、ネズミを食べようとしました。
「あらま、食べられるもんですか」
 そう言うやいなや、ネズミは、右に左にとすばやく走り回り、あっという間に、ニョロリの目の前からきえてしまいました。
「まてえ」
 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、おいつくわけがありません。
「のろまのあなたに、わたしがつかまるわけありませんわ」
 遠くはなれたところまでにげたネズミが、ふりむいて言いました。
「わたしは、ネコときょうそうして、きたえた足をもっているのよ。おわかり?」
 ネズミがさったあと、ニョロリは、空を見上げて言いました。
「ぼくってのろまなのか。足がないせいかな? だったら、なぜ、ぼくのなかまとちがうんだろう」
 なかまのヘビたちが、じめんをはっていくと、ほかのどうぶつたちは、いそいで道をあけます。ヘビが近くにいるときは、にらまれないよう、みんな下をむいています。そのくらいヘビはこわがられているのです。

 林のいきどまりには、キャベツばたけがありました。
 キャベツばたけに入ったニョロリは、一ぴきのイモムシを見つけました。
 イモムシは、キャベツの葉をかじっているところでした。大きくはありませんが、よく太ったイモムシでした。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ニョロリは、イモムシのほうへ近よりました。
「うわぁ、ヘビだ」
 イモムシも、ニョロリに気がつきました。
 イモムシはチョウのよう虫ですから、まだ子どもです。こわくて、すくんでしまいそうでした。それでも、もそもそと体をうごかして、にげようとします。
「まてえ」
 ニョロリが、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけました。イモムシも足がないので、はやくにげられません。こんどこそ、ニョロリはえものをつかまえられそうです。
 けれども、イモムシもつかまるまいと、いっしょうけんめいでした。思いのほか、はやいのです。それに、キャベツの葉のかげに、うまくかくれながらにげるので、ニョロリは、なんども見うしないそうになりました。
「まけるもんか」
 ニョロリは、おなかに力をこめてすすみます。
 シュー、シュー、シュー。
 いきをはきながら、いちもくさんにおいかけると、すぐにイモムシにおいつくことができました。
 ニョロリは、イモムシの前で、口をあけました。するどい歯が、ぎらりとむき出しになりました。イモムシは、ひとかみで、食べられてしまうにちがいありません。
 シュー、シュー、シュル、シュル……。
 ところが、せっかくイモムシをおいつめたのに、ニョロリは、あまりいい気分ではありませんでした。はやくうごいたせいで、ちょうしがくるったみたいです。体の中が、せかせか、いらいらして、まるでおちつきません。
 シュル、シュ、シュ、シ、シ……。
 ニョロリは、しずかに口をとじました。もうだめだと思っていたイモムシは、びっくりして、ニョロリを見ています。
「イモムシくんって、にげるのがはやいんだなあ」
 ニョロリは、イモムシをほめました。
「どうして、おいらを食べないの?」
 ふしぎそうに、イモムシが聞きました。
「みんなが、ぼくのこと、のろまだって言うんだ」
 ニョロリは、林の中のできごとを話しました。
「なあんだ、ヘビのくせに、ムカデやカエルにばかにされているんだ」
 イモムシは、ちょっといじわるく言いました。
「そうなのかな」
「そうだよ。ヘビって、ふつう、うごきがはやいし、するどい歯ももってる。ヘビは、とてもおそろしい生きもののはずじゃないか」
「じゃ、イモムシくんは、ぼくがこわくないの?」
「うん、あまりこわくない」
 それはそうでしょう。イモムシを前にして、のんきにおしゃべりをしているヘビなんて、聞いたことがありません。
「でもぼくだって、いざというときには、イモムシくんをつかまえたみたいに、すばやくうごけるだろう?」
 ニョロリは、とくいそうに、チロチロと、したを出しました。
 どこかで、カラスが鳴いています。
 ニョロリは、声のするほうをむきながら、話しつづけます。
「だけど、あんなにすばしっこくなりたいと思っていたのに、なってみたら、ちっとも楽しくないんだ。ぼくがぼくでないみたい。だから、きみを食べる気なんて、なくなっちゃったというわけさ。あれれ、イモムシくん、どこ行ったの?」
 ヘビの気もちがかわって、食べられたらたいへんだと思ったのでしょう。ニョロリがよそ見をしている間に、イモムシは、キャベツばたけの外へにげていってしまいました。

 ひとりになったニョロリのそばに、ひときわ大きなキャベツがうえられていました。雨にうたれた葉の上には、つゆがたまっています。
 のぼってきた月の光が当たって、つゆは虫のたまごのように見えました。
「のろまでも、いいや。ぼくは、いつものように、のんびりいこう」
 ニョロリは、そうつぶやくと、土の上にとぐろをまきました。
「ああ、おなかすいたなあ」
 上をむいたニョロリの口の中に、何かおちてきました。それは、キャベツの葉からこぼれおちた、つゆでした。
「なんて、あまくておいしいんだろう」
 つぎつぎとおちてくるつゆをのんでいると、ニョロリのおなかはいっぱいになりました。
 それから、あくびをひとつすると、そこでねむりはじめました。
 きょうは、まん月です。空では、お月さまがニョロリを見まもりながら、にっこりとほほえんでいました。

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