ヘビのニョロリ 志野 樹 ヘビのニョロリは、なかまのヘビとは少しちがっていました。 話をするときは、ゆーっくりとしゃべりますし、前にすすむときは、名前のとおり、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リと、ゆるやかにうごきます。 雨上がりのある日、ニョロリは、しめった林の中をさんぽしていました。 すると、一ぴきのムカデと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったムカデでした。 「わあ、おいしそうだなあ」 ニョロリは、口をあけて、ムカデを食べようとしました。 「おっと、食べられちゃかなわん」 ムカデは、たくさんの足をいっせいにうごかし、ほいさかさっさーと、にげました。 「まてえ」 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、ちっともおいつきません。 「やあい、のろまのおまえに、おれさまがつかまるわけないのだ」 遠くはなれたところまでにげたムカデが、ふりむいて言いました。 「なんてったって、おれさまは、百本の足をもっているんだからな」 ムカデがさったあと、ニョロリはおこって言いました。 「ぼくがのろまだって? そんなことあるもんか」 そしてまた、ニョロリが林の中をすすんでいくと、一ぴきのカエルと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったカエルでした。 「わあ、おいしそうだなあ」 ニョロリは、カエルを食べようとしました。 「ベーだ、食べられるもんか」 カエルは、前足と後ろ足を思いきりのばして、ぴょーんととびました。 「まてえ」 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、ちっともおいつきません。 「ふーんだ。のろまのきみに、ぼくがつかまるわけないよ」 遠くはなれたところまでにげたカエルが、ふりむいて言いました。 「ぼくは、ジャンプもできる強い足をもっているんだからね」 カエルがさったあと、ニョロリは、首をかしげながら言いました。 「ぼくって、ほんとうは、のろまなの?」 それからまた、ニョロリがすすんでいくと、一ぴきのネズミと出くわしました。大きくはありませんが、よく太ったネズミでした。 「わあ、おいしそうだなあ」 ニョロリは、口をあけて、ネズミを食べようとしました。 「あらま、食べられるもんですか」 そう言うやいなや、ネズミは、右に左にとすばやく走り回り、あっという間に、ニョロリの目の前からきえてしまいました。 「まてえ」 ニョロリは、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけますが、おいつくわけがありません。 「のろまのあなたに、わたしがつかまるわけありませんわ」 遠くはなれたところまでにげたネズミが、ふりむいて言いました。 「わたしは、ネコときょうそうして、きたえた足をもっているのよ。おわかり?」 ネズミがさったあと、ニョロリは、空を見上げて言いました。 「ぼくってのろまなのか。足がないせいかな? だったら、なぜ、ぼくのなかまとちがうんだろう」 なかまのヘビたちが、じめんをはっていくと、ほかのどうぶつたちは、いそいで道をあけます。ヘビが近くにいるときは、にらまれないよう、みんな下をむいています。そのくらいヘビはこわがられているのです。 林のいきどまりには、キャベツばたけがありました。 キャベツばたけに入ったニョロリは、一ぴきのイモムシを見つけました。 イモムシは、キャベツの葉をかじっているところでした。大きくはありませんが、よく太ったイモムシでした。 「わあ、おいしそうだなあ」 ニョロリは、イモムシのほうへ近よりました。 「うわぁ、ヘビだ」 イモムシも、ニョロリに気がつきました。 イモムシはチョウのよう虫ですから、まだ子どもです。こわくて、すくんでしまいそうでした。それでも、もそもそと体をうごかして、にげようとします。 「まてえ」 ニョロリが、ニョロリ ニョロリ ニョロニョロ~リとおいかけました。イモムシも足がないので、はやくにげられません。こんどこそ、ニョロリはえものをつかまえられそうです。 けれども、イモムシもつかまるまいと、いっしょうけんめいでした。思いのほか、はやいのです。それに、キャベツの葉のかげに、うまくかくれながらにげるので、ニョロリは、なんども見うしないそうになりました。 「まけるもんか」 ニョロリは、おなかに力をこめてすすみます。 シュー、シュー、シュー。 いきをはきながら、いちもくさんにおいかけると、すぐにイモムシにおいつくことができました。 ニョロリは、イモムシの前で、口をあけました。するどい歯が、ぎらりとむき出しになりました。イモムシは、ひとかみで、食べられてしまうにちがいありません。 シュー、シュー、シュル、シュル……。 ところが、せっかくイモムシをおいつめたのに、ニョロリは、あまりいい気分ではありませんでした。はやくうごいたせいで、ちょうしがくるったみたいです。体の中が、せかせか、いらいらして、まるでおちつきません。 シュル、シュ、シュ、シ、シ……。 ニョロリは、しずかに口をとじました。もうだめだと思っていたイモムシは、びっくりして、ニョロリを見ています。 「イモムシくんって、にげるのがはやいんだなあ」 ニョロリは、イモムシをほめました。 「どうして、おいらを食べないの?」 ふしぎそうに、イモムシが聞きました。 「みんなが、ぼくのこと、のろまだって言うんだ」 ニョロリは、林の中のできごとを話しました。 「なあんだ、ヘビのくせに、ムカデやカエルにばかにされているんだ」 イモムシは、ちょっといじわるく言いました。 「そうなのかな」 「そうだよ。ヘビって、ふつう、うごきがはやいし、するどい歯ももってる。ヘビは、とてもおそろしい生きもののはずじゃないか」 「じゃ、イモムシくんは、ぼくがこわくないの?」 「うん、あまりこわくない」 それはそうでしょう。イモムシを前にして、のんきにおしゃべりをしているヘビなんて、聞いたことがありません。 「でもぼくだって、いざというときには、イモムシくんをつかまえたみたいに、すばやくうごけるだろう?」 ニョロリは、とくいそうに、チロチロと、したを出しました。 どこかで、カラスが鳴いています。 ニョロリは、声のするほうをむきながら、話しつづけます。 「だけど、あんなにすばしっこくなりたいと思っていたのに、なってみたら、ちっとも楽しくないんだ。ぼくがぼくでないみたい。だから、きみを食べる気なんて、なくなっちゃったというわけさ。あれれ、イモムシくん、どこ行ったの?」 ヘビの気もちがかわって、食べられたらたいへんだと思ったのでしょう。ニョロリがよそ見をしている間に、イモムシは、キャベツばたけの外へにげていってしまいました。 ひとりになったニョロリのそばに、ひときわ大きなキャベツがうえられていました。雨にうたれた葉の上には、つゆがたまっています。 のぼってきた月の光が当たって、つゆは虫のたまごのように見えました。 「のろまでも、いいや。ぼくは、いつものように、のんびりいこう」 ニョロリは、そうつぶやくと、土の上にとぐろをまきました。 「ああ、おなかすいたなあ」 上をむいたニョロリの口の中に、何かおちてきました。それは、キャベツの葉からこぼれおちた、つゆでした。 「なんて、あまくておいしいんだろう」 つぎつぎとおちてくるつゆをのんでいると、ニョロリのおなかはいっぱいになりました。 それから、あくびをひとつすると、そこでねむりはじめました。 きょうは、まん月です。空では、お月さまがニョロリを見まもりながら、にっこりとほほえんでいました。
2017年11月7日火曜日
童話「ヘビのニョロリ」/ 志野 樹
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