カゲマル 志野 樹 たんぽぽ村は、つゆのきせつをむかえました。 しととと、しとと。 来る日も来る日も、終わることがないかのように、はい色の空から雨つぶがおちてきます。 お日さまの光がとどかないたんぽぽ村は、山も川も、野原も道も、みんなくすんで見えました。 そんな中で、あじさいの花だけが、ふりつづく雨をうけて、青くうつくしく、さいていました。 「はあー、きれいだなあ」 トカゲのカゲマルが、あじさいの花を見つめて、ためいきをつきました。 「ありがとう、トカゲさん。でも、あなたのしっぽも、とてもすてきな青色よ」 と、あじさいが言いました。 「ほんと? ぼく、体の色とかかたちとか、自分じゃわからないんだ」 「あら、あなたのお兄さんとか、お友だちを見ればわかるんじゃないの?」 「ぼく、たくさんあったたまごの中から、一番さいごにかえったんだ。だから、ぼくが生まれたときには、兄弟はあちらこちらにちらばってしまって、ぼくはひとりぼっちだったんだよ」 「お母さんは?」 「お母さんもぼくが生まれたのを見とどけると、どこかへ行ってしまったみたい」 カゲマルは、ちょっとさびしそうに答えました。 「そう。あなたはまだ子どものトカゲさんなのね。じゃ、わたしのそばにいるといいわ。その青いしっぽはとても目立つから、ヘビやネズミに見つかりやすいけど、あじさいの花のそばだったら目立たないから」 あじさいは、やさしくカゲマルにかたりかけました。 「えっ、いいの。じゃ、ここに住もうかな」 「どうぞどうぞ、わたしも話し相手がほしかったところです」 こうして、カゲマルはあじさいの花のかげでくらすことになりました。 あじさいには、いろいろな生きものがやってきます。 葉の上を行ったり来たりしているのは、たくさんのカタツムリです。 カゲマルは、カタツムリの子どもたちと、すぐになかよくなりました。 カタツムリは、とても動きがゆっくりでしたが、かくれんぼの名人でした。 「もういいかい」 カゲマルがオニになって、かくれんぼがはじまりました。 「まあだだよ」 あちらこちらから、カタツムリの声がします。 「あーあ、カタツムリさんたち、足がおそいからなあ。早くかくれてくれないかな。もういいかい」 カゲマルは、いつまでも、カタツムリが「まだだよ」と言うので、しびれを切らしていました。 ようやく、「もういいよ」の声がしました。 カゲマルはつぶっていた目を開けて、あたりをきょろきょろ見回しました。 カタツムリは見当たりません。 カゲマルは、あじさいの葉から葉へうつりながら、いっしょうけんめいさがしますが、ただの一ぴきも見つけることができないのです。 長い時間さがしていたせいで、カゲマルはくたびれてしまいました。 みんなかくれてしまっているので、オニのカゲマルは、ひとりで遊んでいるのとかわりありません。 なんだか、つまらなくて、なみだが出てきてしまいました。 「どうしてないているのですか」 あじさいがカゲマルに聞きました。 「だって、ぼく、カタツムリさんとかくれんぼしているのに、ぜんぜん見つけられないんだ。これじゃ、ひとりぼっちで遊んでいるみたいだ」 カゲマルがなきながら答えるのを聞いて、あじさいは、にっこりほほえんで言いました。 「私のくきをつたって、根元のほうまでおりていきなさい。そこから、空を見上げてごらん」 カゲマルは、あじさいがへんなことを言うなと思いましたが、だまって根元のほうまでおりていきました。 そして、地面につくと、空を見上げました。 「あっ、見いつけた」 カゲマルの頭の上では、カタツムリの子どもたちが体をよせ合っていました。 カタツムリは、あじさいの葉のうらがわにかくれていたのです。 「見いつけた」 カゲマルとカタツムリの長いかくれんぼは、ようやく終わりました。 また、カゲマルは、あじさいのそばでないているカエルともなかよくなりました。 カエルは、近くの池にすんでいて、気が向くとさんぽにやってくるのでした。 「おい、カゲマル。ヘビのおっさんには気をつけたほうがいいぞ。ヘビはトカゲの子どもが大こうぶつなんだ」 カエルは、やって来るたびに、そう注意してくれました。 こうして、カゲマルがあじさいのそばでくらすようになって、しばらくたったある日のことです。 カゲマルは、あじさいを見てびっくりしました。 自分のしっぽと同じような青い色をしていたのに、深いむらさき色にかわっていたのです。 「あれ、あじさいさん。どうして色がちがうの」 「わたしは、年をとるにつれて色がかわるのです。あなたに会う前は、白い色だったのですよ」 あじさいは、白い色だったころをなつかしむような声で答えました。 「青いあじさいさんもきれいだけど、むらさき色もとてもすてきだよ」 カゲマルが言ったことはほんとうでした。雨の合い間に受けたお日さまの光のおかげでしょうか。ピンク色と青色をいくえにも重ねたようなむらさきは、はなやかで見ているものたちの心をぱっと明るくしてくれました。 カゲマルは、あいかわらずあじさいのそばで一日をすごしていました。 青い花のときは気づかなかったのに、むらさき色の花の間では、カゲマルの青いしっぽがちらちらと見えかくれするようになりました。 そして、とうとうカゲマルのしっぽが、ヘビの目にとまったのでした。 「ふふふーん、うまそうな子トカゲだ」 ヘビは、したをチロンチロンさせながら近づいていきます。 「あっ、あぶない」 と、あじさいがさけびました。それと同時に、ヘビがカゲマルのしっぽにかみつきました。 あじさいはカゲマルが食べられてしまったと思いました。 けれども、ヘビが食べたのは、カゲマルのしっぽだけでした。 トカゲはあぶないことがあると、しっぽだけを自分で切り落として、にげることができるのです。 しっぽをうしなったカゲマルは、すばやくあじさいのくきをつたって、どこかにかくれてしまいました。 それから、しばらくカゲマルは、すがたを見せませんでした。 つゆが明け、あつい夏が始まったころ、カゲマルがあじさいのところにかえってきました。 まだ、しっぽはちぎれたままでしたが、きずぐちはきれいになっていました。 「げんきになってよかったわね」 あじさいが言いました。 「うん、しっぽのあったところがむずむずするんだ。また、はえてくるみたい」 そう言いながら、カゲマルはあじさいを見上げました。 カゲマルの目にうつったあじさいの花は、茶色くかれて、しわくちゃになっていました。 「あじさいさん。どうしたの、ぐあいでもわるいの?」 カゲマルは心配になりました。あじさいはかさかさにかわいて、息をするのも苦しそうです。 「いいえ、そうではないの。私のきせつはもう終わりなのです。このままかれていって、土になるのですよ」 「ええっ、せっかく友だちになれたのに」 「カタツムリさんやカエルさんがいるじゃない。もうあなたにはたくさんの友だちがいますよ」 「あじさいさん、死んじゃうの?」 「死なないわ。私はまた来年、ここで花をさかせるでしょう。そうしたら、遊びにきてちょうだい」 「ほんと?」 カゲマルはうれしくなりました。 「だから、さようならは言いません。またね、カゲマル」 そう言うと、あじさいは、お日さまに向かっておじぎをするように、こうべをたれ、しずかにねむりにつきました。 「うん、あじさいさん、またね」 新しいすみかをさがしに、カゲマルはあじさいのもとをはなれていきました。
2017年7月8日土曜日
童話「カゲマル」/ 志野 樹
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