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2013年5月22日水曜日

短歌&随想「熊動星」/ 齋藤幹夫

熊動星 -やほよろづの星々-  齋藤幹夫

春雷に刹那けもののにほひして北辰かすかなるゆるぎあり

 人でなし、傍若無人といつた言葉は、
そもそも人であらせられぬところの「神」の爲の言葉と思へるほど、聖書や數多ある神話の神神のやりたい放題加減には呆れるどころか、笑ひたくなるほど。特に希臘神話の全能神ゼウスの好色漢すきをとこ振りは、世の男達からは感嘆の聲が擧がるかも知れぬが、女達からは輕蔑の眼差しを向けられても仕方の無い。  春の代表的な星座の小熊座とその母の大熊座も、このの犧牲者。  大熊座は女神アルテミスの扈從達の中の狩好きのニンフ、カリスト。カリストはゼウスに手籠にされて孕まされ男兒アルカスを生む。これが小熊座。ゼウスの女房女神ヘラは、旦那のこの女遊びを知つた悋氣からカリストを雌熊に變へてしまふ。アルカスは祖父に育てられ、母同樣に狩の名手に育ち、ある日山の中で實の母である熊と行きあひ、槍で狩らうとするが、寸でのところでゼウスに小熊に變へられ、母と共に星座にされる。星座となつた母子は何時も寄添ひ天にゐられるやうになつたが、悋氣が治まらぬヘラの策畧により小熊アルカスは北の天極に磔にされ、雌熊カリストは傍を離れられず、晝も夜も天にゐつづけなければならなくなつた。  小熊座は現代の北極星ポラリスをα星に持つ。現代のと斷わりが入るのは、この北極星といふもの、固定の星にあらずで、少しづつではあるが動いてゐる。ポラリスは現在天の北極に近付きつつあるところで、最も近くなるのは二十二世紀頃。それ以降は遠ざかり、四十二世紀頃は、ケフェウス座のγ星「エライ」が北極星となる。これは地球が獨樂の首振り運動のやうな歳差運動をしてゐるからで、この一周期が約二萬五千八百年。再びポラリスが北極星となるのは約二萬五千年後となり何とも氣の遠くなる話。磔にした女神ヘラの執念深さにも恐れ入る。こんな女房を持つたゼウスが浮氣に走りたくなるのも頷ける、かも。  人でなしの神は人閒の想像力の産物であるから、やはり「人でなしは」人ゆゑ、であらう。その人なるものは、熊を害獸などと呼び恐れ、時折、熊もその期待に應え人を恐怖の底ひに陷れる。なかでも苫前三毛別事件は羆による世界に類を見ない本邦最大の獸害であり、木村盛武氏の『慟哭の谷』に詳しく、讀む者は迫り來る羆の恐怖と當時の現場の慘狀を鮮鮮まざまざと見せつけられる羽目になるから、心しておかねばならない。また、ウィキペディアにも結構詳しく書かれ、吉村昭氏は此の事件を題材にして小説『羆嵐』を著し、何れも羆によるその殺戮は慘憺たるもの。そこには人と獸の生死いきしにがあるばかりで、神も佛も無い。

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