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2013年7月7日日曜日

短歌&随想「翼擴星」/ 齋藤幹夫

翼擴星 -やほよろづの星々-  齋藤幹夫

昧爽の星天幕のうらがはへ流れ鵲橋の殘像

 渡り鳥にも越冬の爲南方へ渡つて行く夏鳥、越冬の爲に北方から渡つて來る冬鳥とあり、その他に旅鳥・漂鳥・留鳥等、鳥の行動に應じた呼び名がある。本邦で冬鳥の白鳥は、星座の世界においては夏の鳥。銀漢の眞上にその翼を擴げ、尾の部分にあたるデネブは、ヴェガとアルタイルとで夏の大三角を形作る。  神話では說が幾つかあり、そのひとつがゼウスが白鳥に化けたもので、これまた好色漢まるだしの逸話となつてゐる。  古代希臘の都市國家スパルタの王ティンダレオスの妻レダに大神ゼウスは岡惚れ、橫戀慕。何とかものにしたいから女神アフロディテに協力を仰ぎ、お前さん、ちよいと鷲に化けて、白鳥に化けた儂を追い掛けて頂戴な。儂は「あれえ、お助けえ」つてな具合にレダの胸に飛び込むから、後は言はぬが花の吉野山、と一芝居打つことに。計劃通り白鳥のゼウスはレダの胸に抱かれる。そのすゑレダは卵を產むのだが、卵を孕むに至つた行爲が、合意の上であつたか否かは言はずもがな。誰が助けた白鳥とおそそしようなどと思ふか。イェイツの詩の「レダと白鳥」にあるやうに、白鳥の姿のままゼウスはレダを手籠めにしてしまつた。  天幕に悠悠と翼を擴げる白鳥のうらがはに隱れた神話を識らされた時、その輝きは一瞬にして濁りを帶びてしまふ。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、といふ諺があるが、ゼウスには志の缼片かけらも見られず慾望しかない。私は今後、白鳥座を愛でる際には、太陽の馬車のファエトンの神話を想ふことにしよう。  餘談だが、レダが產んだ卵からポリュデウケスとカストルが生まれ、この一柱と一人が雙子座の神話となる。また、ファエトンと命名された小惑星が實際にあり、雙子座流星羣の母天體で、近年の觀測で彗星であることが解つた。神話と現實とを結び、太陽の馬で驅けるが如くある彗星のファエトン、非常に面白い。  中國の傳說での白鳥座は鵲橋。謂はずと知れた陰曆七月七日、七夕しちせきの夜に鵲がその翼をもつて天の川に架ける橋。織姬と彥星の(結婚後の自墮落振が招いた結果であるとは言へども)耐え忍んだすゑの逢瀨を想ふと、希臘神話のゼウスの譚に比べて、星でありながら、月と鼈、天と地ほどの差を感じざるを得ない。鵲は番となつた相手と一生を共にするから、その感も一入。夏の大三角のヴェガが織女星、アルタイルが牽牛星で、中國では織姬が鵲橋を渡り彥星のもとへ、日本では彥星が渡つて織姬に逢ひにゆく。これがゼウスではさうはゆくまい。橋を架けた鵲の兩の翼を打ち付け固定し、年百年中女漁りの爲に渡るに違ひない。

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