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2012年11月7日水曜日

蟲雙紙 008 「我らが家に…」/ 風花銀次

 蟲雙紙〈八〉        風花銀次

我らが家に、わらはべ出でさせ給ふに、陣はをれど、ものものしげにむかへ据ゑ、働き蟻ども、はらからとへだてなく世話すべきものとおもひあなづりたるに、忍びていとけなき者どもをとりてくらひ、さはりてえ出でねば門に近う蛹化し、羽化したるを咎むれど、聞きもあへずあわて飛び立ちけり。いとにくく、腹立たしけれど、いかがはせん。愛らしう見ゆるもねたし。

 小灰蝶しじみちよう科では幼虫の時期に蟻と共生する種がみられます。甘い蜜で蟻を呼びボディガードにしちまう、なんてのはかわいいもので、巣にまで入り込み、なにくれとなく世話をしてもらったりもします。
 くしありと共生する、というよりも櫛毛蟻の巣に寄生する胡麻小灰蝶にいたっては世話をしてもらいながら、蟻の幼虫や蛹を食べちまいます。
 ずいぶん非道な話のようですが、ほかのものは食べらんないんだもの。
 はい、一宿一飯の恩義なんざ知ったことでなく、ていのときみたくお釈迦さんがやってきて「やめなされ」なんていうこともありゃしません。
 ただし蟻のお世話になるのは三齢幼虫になってからの話で、それまではわれこうの花を食べてます。また、櫛毛蟻の巣にたどり着く前に別種の蟻に襲われるなどといったリスクもあり、なかなかの幸運者でなければ成虫にはなれません。ぬくぬくと楽をしてるわけでなく、命がけなんですね。
 それにしても兵隊なんてカーストもある蟻がなにやってんの、と思わなくもないけれど、統率のとれた社会を形成するためカーストごとに特有のにおい(化学物質)を持っているので、櫛毛蟻の幼虫のにおいをまねた胡麻小灰蝶の幼虫を世話せずにはいられないらしく、こんなのを化学擬態というんだそうです。
 成虫になると擬態が解け、蟻たちがいっせいに襲いかかるので逃げるように飛び立つ、というか逃げ出しちまいます。
 そんで成虫は、やはりかわいい。

1 件のコメント:

  1. 【現代語訳】
    私たちの家にゴマシジミの子供がきたとき、兵隊アリはいたのですが、馬鹿丁寧に迎え入れて住まわせ、働きアリたちも、仲間である子と同じように世話してやろうと軽く考えていました。それなのにゴマシジミは私たちの子をこっそりと貪り食い、出ていきやすいように出入り口近くでサナギになってしまいました。羽化して、すっかり蝶の姿になったところを咎めても時すでに遅しで、聞く耳も持たず慌てふためいて飛び去ったのです。とても憎らしく腹立たしいけれど、どうしようもありません。見た目がかわいいのも、よけいに癪に障ります。

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